シャルロッテは諦めない ~ 婚約破棄されましたが、だからなに?

風風風虱

第1話 シャルロッテ、婚約破棄を言い渡される

「シャルロッテ。君との婚約を無かったことにしたい」


 セドリック王子の言葉が、シャルロッテ・ベルガモンド伯爵令嬢である私の鼓膜に突き刺さった。

 秋の涼やかな日差しが差し込む居間リビングで楽しいティータイムを、さあ存分に楽しみましょう、と思ったその矢先の出来事だった。

 私は生暖かい笑みを貼り付けたまま、持っていた白磁茶碗ティーカップ受け皿ソーサーに何とか着地させることに成功した。その偉業を成し遂げた後、たっぷり三十秒の作動停止フリーズを経て、ようやく私の頭は機能を回復した。


「えっ……と、すみません。

 セドリック様の顔に見とれていて、どうやら私、お言葉を聞き間違ってしまったようです。

 今、何とおっしゃったのでしょう。

 式の日取りのお話でしたでしょうか?」

「いや、違う。

 そのぅ、君との婚約を破棄したいのだ」


 破棄……

 破棄って……婚約?

 婚約を破棄?

 私とセドリック様の、こ、こ、こ、こ、婚約、破棄ですって!!


 一体なんで? なんで?!

 私のお誕生日に贈っていただいた詩を皆様の前で朗読したから?

 いや、だってマジに嬉しかったんだもん。

 後でカルディナに「極プライベートなものを公開するとは何の罰ゲームですか」と注意されたけど、だって貰ったとたんに舞い上がってしまったのですから……

 そうよ、あれは不可抗力よ!

 ああ、それとも砂糖と塩、シロップと酢を取り違えて作ったパイを食べさせたあの件?

 いえ、だって一口食べて不味いと言っていただければ、すぐにとめましたのに。

 表面上はニコニコして食べられるのですもの。二枚目をお勧めしたのは決して悪意ではなかったのです……。


 作った本人が言うのもなんだけど、二枚完食したセドリック様は神ね。私なんて一口含んだだけで卒倒しかけたもの。

 このまま呑み込んだら命が危ないと思って本能が拒否したものね。

 それとも……それとも……。

 い、いけない。思い当たる件が多すぎる。


 いえ、落ち着け私。

 怒ったり、慌てては駄目。ここは伯爵令嬢として優雅に穏やかに理由を問いただすのよ。

 良いこと。まず深呼吸をして。


 すー、はー

 すー、はー


 うん、落ち着いた。

 穏やかに行くのよ。

 私、頑張れ!


「なんですとーーー!!」


 秒、もたなかった……

 私は堪えきれず大声を上げて立ち上がる。

 立ち上がる時、膝でテーブルを蹴り上げて、派手にティーカップをひっくり返した。


「わぁ!」


 セドリック王子は私の剣幕に驚き、文字通り椅子から飛び上がったが、お構いなく私は王子に詰め寄った。


「なんで、なんで。

 わ、私の何がいけなかったのでしょうか。

 おっしゃっていただければ、如何ようにも直します。

 母にはよく大口を開けて笑うなと常々言われておりますが、それでしょうか?

 直します。直します!

 必要なら口を縫い合わせても構いません!

 それから侍女のカルディナからは食べ過ぎとよく言われますので、これからは自重します。

 半分、いえ、さ、三分の一にします。ひもじくてもセドリック様が喜ぶのであれば、私、頑張ります。

 それか、それとも……」


「シャルロッテ様、シャルロッテ様、落ち着いてください。

 僕はあなたの笑顔が大好きだし、

 本当に美味しそうに食事をする姿も好きです。

 それらの事と今回のことは関係ありません。あなたには全く非はないのです。

 全ては僕の不徳の為せる業なのです。

 ……

 本当にただ、ただ、申し訳なく思っています。

 賠償については、既にあなたのお父様であるグラフ侯爵には申し出て、了解をいただいております。

 もちろん、今後の社交界でのあなたの評価に傷がつかないように、丁寧な説明もしていく所存です。

 ですのでシャルロッテ様は、私のことなど忘れて、幸せになっていただきたいのです」

「私の幸せは、セドリック様と結ばれる以外にはあり得ません」


 私の言葉に、セドリック王子は目を伏せ、首を横に振った。


「僕はもう、死んだと思って諦めてください。

 では、失礼いたします。

 もう、二度とお目にかかることもないでしょう」


 ――もう、二度とお目にかかることもないでしょう。


 その言葉に、私は血の気がすーっと落ちるのを実感した。視界に薄いもやがかかったように暗くなる。



   もう、二度と 二度と ……


      お目に かかることも  お目にかかることも ……


        ないでしょう ないでしょう ……

          



 私の頭の中で、セドリック王子の言葉がリフレインする。


「し、しかしセドリック様!

 あ、あれ?

 セドリック様? どこへ行かれましたか?」


 どれくらいの時間がかかったのか。

 本日二度目の作動停止フリーズから再起動に成功した私は、きょろきょろと部屋を見回す。

 しかし、さっきまで目の前にいたはずのセドリック様の姿は、どこにもなかった。

 

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