第7話 深層の住人と、Sランク食材による餌付け外交

 冥王(ハーデス)の力による無双劇が終わり、俺たちはドロップ品の回収を終えていた。


 周囲の魔物は全滅。静寂が戻ったダンジョン内で、俺はふと眉をひそめた。


「……おい、アリシア。警戒しろ」


「えっ? 魔物ですか? 探知には反応がありませんが……」


「魔物じゃない。もっと姑息で、すばしっこい連中だ」


 俺は視線を瓦礫の陰、暗闇の奥へと向ける。


 『遊び人』のスキルには【気配察知】の上位互換である【野次馬根性】というパッシブスキルがある。


 これのおかげで、隠れている視線には敏感なのだ。


「そこにいるのは分かってる。……出てこないなら、さっきの『石投げ』をぶち込むぞ?」


 俺が小石を親指で弾くと、暗闇から「ひいっ!?」という短い悲鳴と、それを押し留めるような舌打ちが聞こえた。


 観念したのか、瓦礫の陰から二つの影が姿を現す。


 現れたのは、人間ではなかった。


「……ちッ。バレてたか。人間にしては勘がいいな」


 前に出てきたのは、褐色の肌に長い耳を持つ、精悍な顔つきの男だ。


 漆黒の軽装鎧に身を包み、両手には逆手に持ったダガー。  


 種族はダークエルフか。鋭い眼光でこちらを睨みつけているが、その足はわずかに震え、背後の「誰か」を庇うように立っている。


「ザイン、どうしよう……あいつら、絶対やばいよ……ミノタウロスを消し飛ばしちゃったよ……」


 男の背中に隠れていたのは、小さな少女だった。


 金色の髪から突き出た、大きなフワフワの獣耳。お尻からは立派な金色の尻尾が覗いている。


 伝説級の魔物とされる『妖狐(フォックス)』の幼体だろうか。見た目は十歳ほどだが、纏っている魔力の質は高い。


(ダークエルフの男と、妖狐の幼女か。訳ありな組み合わせだな)


 俺は警戒を解かずに尋ねる。


「で? こそこそ隠れて俺たちを狙ってたわけか? 随分と身の程知らずな強盗さんだ」


「……悪かったな。だが、こっちも必死なんでね」


 ザインと呼ばれた男は、脂汗を流しながらもダガーを構え続けた。


「俺はどうなってもいい。だが、後ろのルナだけは……この子はもう限界なんだ! 食い物を置いていけ!」


 その時。


 グゥゥゥゥゥ~~~~ッ。


 盛大な音が、ダンジョンに響き渡った。

 音源は、後ろに隠れている狐耳少女、ルナの腹だ。

 よく見れば、大きな尻尾も力なく垂れ下がり、ザインの方も頬がこけている。


「……腹が減ってるのか?」


「……ここ数日、まともな獲物がいないんだ。深層の魔物は強すぎて、俺たちじゃ歯が立たない。ルナは魔力切れで、もう動くことさえ……」


 男の声が悲痛に歪む。

 なるほど。自分の命よりも、守るべき少女のために無謀な博打に出たわけか。


(……嫌いじゃないな、そういうの)


 俺はため息をつき、【無限収納】から先ほど解体したばかりの肉を取り出した。


 ジュウウウウッ……!


 携帯コンロとフライパンを取り出し、手早く焼き上げる。

 Sランク『ミノタウロスの霜降りステーキ』。  辺りに暴力的なまでの脂の香りが充満する。


「っ!?」


 二人の亜人が、ビクッと反応した。  瞳孔が開き、ルナの狐耳がピーンと立つ。


「ほらよ。毒なんて入ってないぞ」


 俺は焼けた肉を皿に載せ、二人の前に放ってやった。


「め、恵んでもらう義理なんて……! 俺たちは誇り高き深層の狩人で……!」


「い、いただきまーす!!」


「あッ、こらルナ! 不用心だぞ!」


 幼い妖狐ルナは、誘惑に勝てずに肉にかぶりついた。


「んん~~~っ! おいひぃ! ザイン、これすごいよ! 魔力が染み込んでくる!」


 パタパタパタパタ!

 あまりの美味しさに、ルナの大きな尻尾が千切れそうなほど振られている。


「……っ、ゴクリ」


 ザインが喉を鳴らす。

 俺は無言で、もう一枚の肉を突き出した。

 男はしばらく葛藤していたが、やがてダガーを収め、深々と頭を下げた。


「……すまない。恩に着る」


 そう言うと、彼も肉をひったくり、ガツガツと食らいついた。


 あっという間に完食。

 二人は恍惚とした表情で、地面にへたり込んだ。


「……生き返った……」


「……こんな美味しいお肉、生まれて初めて……」


 俺はその様子を見下ろし、ニヤリと笑った。

 交渉(テイム)の時間だ。


「満足したか? なら、飯代を払ってもらおうか」


「へっ? か、金なんて持ってないぞ」


「金はいらない。労働で払え」


 俺は二人を指差した。


「俺たちはこのダンジョンを攻略し、ここに『国』を作るつもりだ。だが、人手が足りない」


 俺の言葉に、アリシアが「えっ、国を作るんですか?」と驚いているが無視する。


「ザイン、お前は斥候(スカウト)だ。罠の解除と敵の索敵をやれ。  ルナ、お前は魔力探知と……あと、マスコットだ」


「マスコット扱い!?」


「嫌ならいいぞ。だが、俺についてもくれば、毎日このランクの肉が食い放題だ」


「「!!」」


 二人の耳がピクリと跳ねた。


 Sランク食材の食べ放題。  常に飢えと隣り合わせの深層において、それは悪魔の契約にも等しい誘惑だった。


 ザインはルナの顔を見て、決意を固めたように俺を見た。


「……分かった。あんたがルナを食わせてくれるなら、俺の命はあんたに預ける。斥候でも下働きでも何でもやる」


「ルナも! ルナもご主人様についていく! もっとお肉たべる!」


 チョロい。


 あまりにもチョロすぎる。


 こうして俺のパーティに、ダークエルフの暗殺者(苦労人)と、妖狐の幼女魔導師が加わった。


 ステータスを確認すると、やはり深層の住人だけあってレベルは高い。


 名前:ザイン  種族:ダークエルフ  職業:暗殺者(アサシン)  レベル:68


 名前:ルナ  種族:妖狐(ハイ・フォックス)  職業:精霊魔導師  レベル:72


(……普通に、王都の騎士団長より強いな)


 俺は心の中で苦笑した。


 最強のタンク、最強のスカウト、高火力の魔法職。そしてバグ使いの司令塔。


 盤面は整った。  あとは、このふざけた世界を遊び尽くすだけだ。


(第7話 終わり)

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