第4話 深層のセーフティエリア? いいえ、そこはSランク食材が食べ放題の王宮(リゾート)でした

 目の前には、ミノタウロスの死体(肉塊)が転がっている。


 普通の冒険者なら、素材の剥ぎ取りに数時間はかかるだろう。だが、俺(Free)にそんな面倒な手順は必要ない。


「システム介入。【自動解体(オート・ブッチャー)】、実行」


 パシュン、という軽い音と共に、巨体が一瞬で光の粒子に分解された。


 後に残ったのは、綺麗に切り分けられたブロック肉の山と、巨大な魔石だけ。


【獲得:ミノタウロスの極上霜降り肉(ランクS)×50kg】 【獲得:牛魔の角(ランクA)×2】


「……ふむ。やっぱりドロップ率もバグってるな。Sランク食材がスーパーの特売品みたいに落ちやがる」


 俺が肉を【無限収納(インベントリ)】に放り込んでいると、アリシアが青ざめた顔で震えていた。


「あ、あの……ディラン様? まさか、そのお肉を……?」


「ん? ああ、晩飯にするんだよ。深層の魔物は魔力をたっぷり吸ってるからな。食えばステータスも上がるし、美容にもいいぞ」


「た、食べられません! ミノタウロスの肉は、筋張ってて臭みが酷いと……それに、あんな怖い魔物を食べるなんて……!」


 アリシアが首をブンブンと振る。


 やれやれ。王都の騎士様は、本当の美食を知らないらしい。


「ま、騙されたと思って食ってみろ。……その前に、まずは寝床の確保だな」


 俺は周囲を見渡した。


 ここはダンジョンのセーフティエリア(安全地帯)。魔物は入ってこれないが、ゴツゴツした岩場だ。テントを張っても背中が痛くなるだろう。


(……美少女を野宿させるわけにもいかないしな。少し本気出すか)


 俺は地面に手を付き、複数のスキルを同時起動(マルチ・タスク)させる。


【合成スキル発動:『土魔法』+『建築』+『空間固定』】 【創造:異世界式ログハウス(バス・トイレ別、システムキッチン完備)】


 ズズズズズ……ッ!


 地鳴りと共に、岩盤が変形していく。


 壁が競り上がり、屋根が架かり、窓ガラス(クリスタル生成)が嵌め込まれる。


 わずか十秒後。


 殺風景な洞窟の中に、王都の別荘地も裸足で逃げ出すような、豪奢な二階建てのログハウスが出現していた。


「……え? は、えええええっ!?」


 アリシアが顎が外れそうなほど口を開けている。


「な、なんですかこれ!? 魔法? いえ、建築? 王城の私の部屋より立派なのですが!?」


「即席の仮宿だ。……風呂も沸かしておいたぞ。戦闘で汗かいただろ? 先に入ってくるといい」


「お、お風呂まで……? ディラン様、あなたは一体……」


「ただの『遊び人』だと言ったろ。……ほら、さっさと行け。長湯してのぼせるなよ」


 俺は呆然とする聖騎士の背中を押し、脱衣所へと追いやった。


 ◇


 一時間後。


 風呂上がりのアリシアは、湯気が出るほど顔を赤くしてテーブルに着いていた。


 装備を解き、俺が貸した大きめのシャツ(下着代わりに生成した)を一枚羽織っただけの姿。


 濡れた銀髪と、シャツから覗く白い太腿が眩しい。


(……おいおい。こいつ、自覚なしか? 男の部屋でその格好は、理性が試されるんだが)


 俺は咳払いを一つして、フライパンを振るった。


 ジュウウウウッ!!


 香ばしい脂の匂いが、部屋中に充満する。


 Sランク霜降り肉の、ガーリック・ステーキ。味付けはシンプルに岩塩と胡椒のみ。


「……うぅ。い、いい匂い……」


 アリシアのお腹が、可愛らしく「ぐぅ」と鳴った。


「ほらよ。熱いうちに食え」


 ドン、と目の前に皿を置く。


 アリシアはゴクリと喉を鳴らし、恐る恐るナイフを入れた。


 スッ……。


 ナイフが、まるで豆腐を切るように吸い込まれる。


「や、柔らかい……?」


 一口サイズに切った肉を、口へと運ぶ。


 その瞬間。


「んんっ……!?」


 アリシアの目がカッと見開かれた。


 口いっぱいに広がる、濃厚な旨味の洪水。臭みなど微塵もない。噛む必要すらないほどとろける食感。


「お、おいしい……! なんですかこれ、本当にお肉ですか!? 甘い! 溶けます!」


「だろ? ミノタウロスの霜降りは、王族でも年に一度食えるかどうかの希少部位だ」


「はふっ、はふっ……んん~っ!」


 先ほどまでの警戒心はどこへやら。


 アリシアはリスのように頬を膨らませ、夢中でステーキを頬張っている。


 その幸せそうな顔を見て、俺は安物の果実水(こっちはランクFだ)をあおった。


(……ま、悪くない夜だ)


 追放されて二日目。


 俺たちの優雅なダンジョン生活は、こうして幕を開けた。


 ◇


 一方その頃。王都、アークライト伯爵家。


 ディランを追放した実家では、小さな異変が起きていた。


「……おい! 屋敷の結界魔道具が作動していないぞ! どうなっている!」


 当主である父親の怒声が響く。


「も、申し訳ありません! 魔力供給路が詰まってしまったようで……これまでは、ディラン様が毎日メンテナンスをしていたので……」


「ええい、あの無能め! 出ていくならマニュアルくらい残していけ!」


 さらに、ディランの元婚約者である令嬢の部屋でも。


「キャアアアッ! お湯が出ないわ! 魔道給湯器が壊れたの!? 修理屋を呼んで!」


「そ、それが……この型式の古代魔道具を直せるのは、王都ではディラン様だけだったと……」


「なによそれ! あいつ、遊び人のくせに……!」


 彼らはまだ気づいていない。


 自分たちの生活が、どれほどディランの『遊び(余技)』によって支えられていたのかを。


 そして、その支えを失った歯車が、少しずつ、しかし確実に狂い始めていることを。


(第4話 終わり)

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