第3話 捨てられた聖騎士と、レベルアップの暴力

「……あなたは、まさか」


 目の前で肉塊となったミノタウロス。


 その向こうで、埃を払っている俺の顔を見て、アリシアは目を見開いた。


 まあ、王都にいて俺の顔を知らない者はいないだろう。良くも悪くも有名人だ。


「……『王都の神童』、ディラン・アークライト様……?」


 剣は騎士団長級、魔法は宮廷魔導師級。同年代の頂点に君臨していた天才。


 だが、俺は昨日の『選定の儀』で【遊び人】となり、追放された身だ。


 彼女にしてみれば、なぜそんな俺が深層にいるのか、しかもデタラメな魔法で魔物を瞬殺したのか、理解が追いつかないといった顔だ。


「『様』はよしてくれ。今の俺はただの追放者だ。……それより、お嬢さん」


 俺は皮肉っぽく笑い、アリシアの巨大な盾をコツンと叩いた。


「天下の『神聖騎士』様が、なんでまた、こんな場所で特大のサンドバッグになってたんだ?」


「そ、それは……」


 アリシアは唇を噛んだ。


 惨めな事実を口にする屈辱。だが、命の恩人に嘘は吐けないといった様子で、ポツリと漏らす。


「……置いて、いかれたのです」


「置いていかれた?」


「はい。私のパーティ……『銀の翼』の仲間たちに」


 王都でも指折りのエリートパーティだ。


 アリシアはその盾役(タンク)として期待され、勧誘されたのだろう。だが、現実は残酷だったようだ。


「神聖騎士は、強力な加護を持つ代わりに、成長が極端に遅い……いわゆる『大器晩成』型です。私はいつまで経ってもレベルが1から上がらず、重装備を着て歩くことすらままなりませんでした」


 仲間たちの視線は、日に日に冷たくなっていった。


 『お荷物』『給料泥棒』『動けない鉄屑』。


 そして今日。この深層でミノタウロスに遭遇した彼らは、逃げるために言ったのだ。


『おい、役立たず。せめて最後に、その無駄に硬い体で時間を稼げよ』


 回復薬(ポーション)も取り上げられ、彼女はただの『壁』としてここに捨てられた。


「……なるほどな。合理的だが、胸糞の悪い話だ」


 俺は怒るでもなく、淡々とそう言った。


 だが、腹の底では冷たい火が燃えていた。効率重視のエリート様らしいやり口だ。


「動けない盾か。……なあ、アリシア。お前、本当は動けるなら動きたいか?」


「え? そ、それはもちろん……! 私も騎士です。皆を守って、剣を振るって戦いたい。でも、この呪いのような成長限界が……」


「呪い、ね。……どれ、ちょっと見せてみろ」


 俺は不躾に手を伸ばし、アリシアの肩に触れる。


「ひゃっ!?」


「動くな。【解析(スキャン)】……ああ、やっぱりな。こりゃ酷い」


 俺は虚空を睨みながら、独り言のように呟く。


「経験値の取得ログがバグってる。『神聖騎士』の固有スキル【聖女の加護】……こいつの維持コストに、取得経験値の100%が吸われてやがる。これじゃあ何億匹倒してもレベル1のままだ」


「い、維持コスト……? 何を言って……」


「要するに、燃費が悪すぎるんだよ、お前のその力は。普通の人間じゃ扱いきれない」


 俺はニヤリと笑った。


「だが、俺(Free)なら話は別だ」


 俺は指先を空中に走らせる。


 パチパチと、青白い火花のようなものが散った。


「システム介入。個体名アリシアのスキル【聖女の加護】の維持コストを、俺の余剰経験値で『肩代わり』する設定に変更」


「え……?」


「ついでに、今まで吸われていた分を『還付』処理。……さあ、受け取れ。溜まりに溜まったお前の給料だ」


 俺が指を鳴らした、その瞬間だった。


 ドクンッ!!


 アリシアの心臓が、早鐘を打った。


 体の奥底から、灼熱のような力が溢れ出してくる。


【レベルが上昇しました】 【Lv1 → Lv2 → Lv10……Lv35……Lv52】


 視界に流れるログが止まらない。


 全身を包んでいた鉛のような重さが、嘘のように消えていく。


「な、なに、これ……!?」


 アリシアは恐る恐る、背中の大剣に手を伸ばした。


 鉄塊のように重かったはずの剣が、まるで木の枝のように軽く持ち上がる。


「レベル52相当。……ま、とりあえずはそんなもんか」


 俺は何でもないことのように言い放つ。


「さて、行こうかアリシア。まさか、ここで終わるつもりはないだろ?」


「……はいっ!」


 アリシアは涙を拭い、大剣を構えた。


 その姿は、もう『捨てられたお荷物』ではない。


 神々しい光を纏った、最強の聖騎士だった。


(第3話 終わり)

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