第2話 デバッグ・モードの威力と、地下迷宮の聖騎士

 巨大なクレーターの縁に立ち、俺は土煙が晴れていく様を眺めていた。


 ゴブリン五匹を一撃で消滅させたナイフは、負荷に耐えきれずボロボロに欠けている。


(やれやれ、これじゃあ使い捨てカイロより寿命が短いな)


 俺は役目を終えたナイフを放り投げ、改めて自分の掌を見つめた。


 体内で魔力が暴れ回っている。まるで、軽自動車のエンジンにジェット燃料を注ぎ込んだような感覚だ。制御を誤れば、敵を倒す前に自分が自壊しかねない。


 空中に展開したままのステータスウィンドウに目をやる。


 そこには相変わらず【職業:遊び人×3】というふざけた表示が並んでいるが、詳細タブを開くと、裏で動いているソースコードのような羅列が見えた。


【System Msg: 制限解除(アンロック)。経験値取得倍率:300%。スキル熟練度上昇率:300%。ドロップ率補正:極大(Super Rare確定)】


 ……なるほど。


 単に威力が三倍になるだけじゃないらしい。成長速度も三倍。オマケにレアアイテムも出やすい、と。


 ゲームバランス崩壊もいいところだ。運営(神)に通報案件レベルだが、生憎と俺がそのプレイヤー当人なのだから黙殺するに限る。


「さて、と」


 俺は周囲を見渡した。


 日は完全に沈み、森は夜の闇に包まれようとしている。


 普通の十七歳なら、泣きながら王都へ引き返すか、絶望して座り込むところだろう。


 だが、俺の思考は冷徹に『生存』と『利益』を計算していた。


 王都へ戻る選択肢はない。


 あの実家や元婚約者の顔を見るだけで胃酸過多になりそうだ。それに、この『バグ能力』がバレれば、今度は『化け物』として処理されるか、あるいは国の生体兵器として飼い殺しにされるのがオチだ。


(自由(フリー)ハンドラー、ね。名前の通り、自由にやらせてもらおうか)


 俺は足元の土を蹴った。


 向かう先は、王都とは逆方向。国境付近に位置する未開拓領域だ。


 あそこなら、今の俺にとって絶好の『狩り場(レベリングエリア)』になる。


 歩き出そうとした瞬間、茂みがガサリと揺れた。


 現れたのは、先ほどのゴブリンとは比較にならない巨体。


 オークだ。しかも、肌がどす黒く変色した上位種、『ハイ・オーク』。


 王都の騎士団でも、一個小隊で当たる相手だ。


「ブモォォォッ!!」


 雄叫びと共に、丸太のような棍棒が振り下ろされる。


 速い。


 だが、俺の目にはやはり『スローモーション』に見えた。


(さて、武器はないが……魔法のテストには丁度いい被検体(モルモット)だ)


 俺は避ける素振りも見せず、右手を突き出した。


 イメージするのは、初歩の火魔法『ファイアボール』。


 通常なら、拳大の火の玉が飛ぶだけの牽制技だ。


 だが、今の俺には『三倍』の補正と『デバッグモード』がかかっている。


「燃えろ」


 短く紡ぐ。


 瞬間、俺の手の平から放たれたのは、火の玉などという可愛いものではなかった。


 圧縮された熱線。あるいは、レーザービームに近い『紅蓮の奔流』。


 ドォォォォンッ!!


 夜の森が一瞬で真昼のように照らし出された。


 ハイ・オークの上半身が、蒸発するように消し飛ぶ。


 余波で周囲の木々が炭化し、衝撃波が俺の前髪を激しく揺らした。


「……出力調整が必要だな。(山火事で環境破壊とか、シャレにならん)」


 黒焦げになったオークの下半身が、遅れてドサリと倒れる。


 その横に、キラリと光る物が落ちていた。


 ドロップアイテムだ。


 本来、魔物を倒しても素材が剥ぎ取れる程度だが、そこにはどう見ても人工的な輝きを放つ指輪が転がっている。


 俺はそれを拾い上げ、【鑑定】スキルを発動した。もちろん、これも三倍の精度で解析されるはずだ。


【剛力の指輪(SR):攻撃力+50%。装備者に『怪力』スキルを付与】


 通常ドロップでスーパーレア(SR)。


 俺は指輪を弄びながら、思わず口元を緩めた。


「こいつはいい。カジノでジャックポットを引き続けるようなもんだ」


 王都で俺をゴミ扱いした連中に、この指輪を見せてやりたい気分だ。


 いや、見せる必要もないか。俺はこの力を使って、この世界を遊び尽くす。


「お見事。まさか初級魔法を『熱線』に変えるとはな」


 背後の闇から、パチパチという拍手の音が聞こえた。


 俺は瞬時に身構え、振り返る。


 そこに立っていたのは、安酒の瓶を持った薄汚れた男――俺の剣の師匠であり、街のゴロツキ。ギリアドだった。


 だが、俺の【解析】眼は、この男の異常な数値を拾っていた。


 職業:遊び人。  レベル:測定不能。


「……師匠? あんたも『こっち側』だったのか」


「ああ。だが、お前ほど派手な『バグ(Free)』は初めて見た。……三つ重ね(トリプル)か。そりゃあ教会も隠したがるわけだ」


 ギリアドは酒をあおり、真顔になった。


「いいかディラン。お前が手に入れた『Free-Hander』は、この世界の管理者権限(デバッグ・モード)そのものだ。経験値の加算、スキル制限の解除……俺たちは、神が作ったこの世界のルールを『遊ぶ』ことができる唯一の存在なんだよ」


(……なるほど。全て辻褄が合った)


「で、師匠。俺をどうするつもりだ? 教会に突き出すか?」


「馬鹿言え。俺はただの飲んだくれだ。面白い玩具(おまえ)を壊す趣味はねぇよ」


 ギリアドは懐から一枚の古びた地図を取り出し、俺に投げ渡した。


 指差された場所は、ここからさらに北。国境の山岳地帯にある赤い印。


「ここへ行け。『奈落の大穴(アビス)』だ。教会が『処理しきれない廃棄物』を捨ててる場所さ。魔物も、曰く付きの罪人も、そして――お前みたいな『規格外』もな」


「……なるほど。レベル上げには持ってこいの狩り場ってわけか」


「話が早くて助かるぜ。……行け、ディラン。そこで力をつけて、いつか教会(システム)の鼻を明かしてやれ」


 師匠はヒラヒラと手を振り、闇に消えていった。


 俺は地図を握りしめる。感傷はない。あるのは、これから始まる『攻略』への期待だけだ。


 ◇


 北の山岳地帯、『奈落の大穴』。


 その地下深く、深層70階層相当エリア。


 一般の冒険者なら即死する魔境だが、今の俺にとってはただの『経験値牧場』だった。


 ここに来て三日。俺のレベルはすでに【40(実質120相当)】を超えていた。


「さて、今日のノルマは達成したし、飯にするか……ん?」


 不意に、洞窟の奥から金属音が響いた。剣戟の音だ。それも、かなり激しい。


(……俺以外に、こんな深層に人間がいるのか?)


 興味本位で【探知】スキルを飛ばす。


 反応は二つ。


 一つは、巨大な魔物。おそらくフロアボス級の『重装ミノタウロス』。


 そしてもう一つは――人間。それも、妙に反応が小さい。


「……行ってみるか」


 俺は音のする方へ歩き出した。


 ◇


 開けた広場に出た俺の目に飛び込んできたのは、異様な光景だった。


 体長五メートルを超えるミノタウロスが、巨大な戦斧を振り上げている。


 その標的となっていたのは――少女だった。


 輝く銀髪に、陶器のように白い肌。


 だが、一番目を引くのはその装備だ。


 彼女の華奢な体躯には不釣り合いなほどの、分厚い白銀のフルプレートメイル。背中には、身長ほどもある巨大なタワーシールドと大剣を背負っている。


(……なんだあの装備。重量オーバーなんてもんじゃないぞ。あれじゃ指一本動かせないだろ)


 案の定、少女はその場から一歩も動けずにいた。


 ただ、巨大な盾を構え、亀のように耐えているだけ。


 ガギィィィン!!


 ミノタウロスの戦斧が盾に直撃する。


 凄まじい衝撃音。だが、少女は吹き飛ばされない。一ミリも後退していない。


「……う、ぐぅ……っ!」


 少女の悲痛な呻き声。足元の岩盤が砕け、めり込んでいる。


 防御力は異常だ。だが、それだけだ。動けない彼女は、ただ殴られ続けるサンドバッグでしかない。


(……なるほど。『神聖騎士(パラディン)』か。それも、才能が極端に偏った『大器晩成』の失敗作)


 俺の【解析】眼が、彼女のステータスを暴いていた。


 名前:アリシア・フォン・ヴァルト  職業:神聖騎士  レベル:1(Limit)


 レベル1。


 この深層で、レベル1のまま耐えているのか。


 経験値がすべて『維持コスト』に吸われ、成長が止まった呪われた天才。


「……ハァ、ハァ……まだ、私は……!」


 アリシアと呼ばれた少女は、涙目でミノタウロスを睨みつけていた。


 その瞳に、諦めの色はない。ただ、自分の無力さに対する悔しさだけが燃えていた。


(……嫌いじゃないな、そういう目)


 かつての俺と同じだ。才能があると持て囃され、勝手に失望され、捨てられた者の目。


「グルァアアア!!」


 ミノタウロスがトドメの一撃を振りかぶる。少女がギュッと目を瞑った。


 俺は短く息を吐き、足元の石ころを拾い上げる。


「……やれやれ。美少女のピンチを見捨てるほど、俺は落ちぶれちゃいないんでね」


 指先で石を弾く。付与するのは【物理透過】と【内部破壊】のバグ・スキル。


 ヒュンッ。


 乾いた音がして、石ころがミノタウロスの眉間に吸い込まれた。


 ドォォォォン!!


 直後、魔物の頭部が内側から破裂した。巨体がぐらりと揺れ、轟音と共に崩れ落ちる。


「……え?」


 アリシアが目を開け、呆然と目の前の肉塊を見つめていた。


 俺は瓦礫の陰から姿を現し、軽く片手を上げる。


「よう。災難だったな、お嬢さん。……少し、荷物が重すぎやしないか?」


 これが、俺と最強の相棒(パートナー)との出会いだった。


(第2話 終わり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る