第2話

入学式は、予想通りの展開だった。


王立学園の大講堂には、貴族と平民が入り混じって座っている。とはいえ、その配置は明確に分かれていた。前方には豪華な装飾の施された席に貴族たちが、後方には質素な木製の椅子に平民たちが。


俺――アレクシス・ヴァンハイムは、最前列の特等席に座っていた。公爵家の嫡男という立場が、自動的にこの位置を与える。周囲には他の上級貴族の子弟たちが座っているが、俺の隣だけは不自然に空いていた。


誰も、俺の隣に座りたがらない。


「アレクシス様、ご無沙汰しております」


声をかけてきたのは、侯爵家の息子、エドワード・ハーヴェイだ。金髪に青い瞳、典型的な貴族然とした容姿。原作では脇役だが、アレクシスの取り巻きの一人として登場する。


「ああ、エドワードか」


素っ気なく返す。原作のアレクシスは、自分より身分の低い者には常に高圧的だった。その役を演じなければならない。


「本日の入学式、楽しみですね。今年は平民の入学者が例年より多いとか」


エドワードの声には、明らかな軽蔑が含まれている。彼は生粋の貴族主義者で、平民を見下すことに躊躇がない。


「興味ない。どうせ役に立たない連中だろう」


冷たく言い放つ。内心では嫌悪感が湧き上がるが、表情には出さない。これも、悪役を演じるための台詞だ。


「さすがアレクシス様。その通りでございます」


エドワードが笑う。周囲の貴族たちも、同調するように頷く。


俺は内心で溜息をついた。この世界の貴族たちは、本当に平民を見下している。原作でもそうだったが、実際に目の当たりにすると胸が痛む。


視線を後方に向けると、平民たちの席にユリウスの姿が見えた。さっき俺が荷物を蹴散らした青年。彼は真面目な表情で、壇上を見つめている。


ごめんな、ユリウス。これから俺は、お前にとって最悪の人間を演じる。だが、それはすべて――


「それでは、入学式を始めます」


司会者の声で、俺の思考が中断される。壇上に、初老の男性が現れた。


学園長、クラウス・フォン・エーデルシュタイン。原作でも重要な役割を果たす人物で、公正で知恵深い老人として描かれている。


「新入生の諸君、王立学園への入学を心より歓迎する」


彼の声は穏やかだが、どこか威厳がある。講堂全体に響き渡る。


「この学園は、貴族も平民も分け隔てなく学ぶ場所だ。身分ではなく、実力と人格で評価される。諸君らには、互いに切磋琢磨し、この国の未来を担う人材となることを期待している」


綺麗事だな、と俺は心の中で呟く。実際には、貴族と平民の間には深い溝がある。いくら建前で平等を謳っても、現実は違う。


だが、学園長の言葉は嘘ではない。この学園では、実力次第で成り上がることができる。原作でユリウスが英雄として認められたのも、この学園のシステムがあったからだ。


「それでは、新入生代表の挨拶を」


壇上に、一人の少女が上がってくる。


瞬間、講堂全体がざわついた。


金色の髪を優雅に結い上げ、深い青の瞳を持つ少女。その顔立ちは絵画のように美しく、纏う雰囲気は高貴そのもの。


エリーゼ・レグナント。第一王女だ。


「新入生を代表して、一言申し上げます」


彼女の声は、凛としている。講堂全体が静まり返り、誰もが彼女の言葉に耳を傾ける。


「私たちは今日、この王立学園に入学しました。これからの三年間、様々なことを学び、成長していくでしょう。貴族も平民も、すべての生徒が互いに尊重し合い、共に学ぶことを願っています」


美しい演説だった。だが、俺には分かる。彼女の言葉の裏にある孤独が。


原作でエリーゼは、王女という立場ゆえに常に孤立していた。誰も彼女に本音を言わず、誰も彼女を対等な人間として扱わない。貴族たちは彼女に媚び、平民たちは彼女を恐れる。


「共に、素晴らしい三年間を作り上げましょう」


エリーゼが一礼し、壇上を降りる。拍手が沸き起こる中、彼女は自分の席へと戻っていく。


その席は、俺の三つ隣だった。


彼女が座ると、周囲の貴族たちが一斉に話しかけようとする。だが、エリーゼは微笑むだけで、深い会話には応じない。


俺は彼女を横目で見る。原作では、アレクシスは早い段階でエリーゼに求婚し、断られて逆恨みする。それが、彼女を苦しめる原因の一つだった。


今回は、そんな愚かな真似はしない。むしろ――


「エリーゼ様、お美しいですね」


エドワードが媚びるように声をかける。エリーゼは社交的な笑みを返すが、その目は冷たい。


「ありがとう、エドワード様」


「後ほど、学園の案内をさせていただいても?」


「申し訳ありません。予定がありますので」


丁重に、しかし明確に断られる。エドワードは気まずそうに引き下がった。


俺は黙って、その様子を見ていた。


入学式が終わり、生徒たちはそれぞれのクラスへと向かう。王立学園では、入学時の成績と身分によってクラス分けが行われる。


当然、俺は最上位クラス、Aクラスだ。このクラスには、成績優秀な貴族と、特に優秀な平民が集められる。


そして――主要なヒロインたちも、このクラスに所属する。


教室に入ると、既に何人かの生徒が席についていた。俺は窓際の一番後ろの席――原作でアレクシスが座っていた場所に向かう。


周囲の生徒たちが、俺を見て顔を背ける。予想通りの反応だ。


席に座り、窓の外を眺める。中庭では、新入生たちが談笑している。平和な光景だ。


「あの、ここ、空いてますか?」


声をかけられて振り向くと、一人の少女が立っていた。


栗色の髪をポニーテールにまとめ、真っ直ぐな瞳で俺を見つめている。騎士服のような制服を着こなし、腰には木剣を差している。


リリア・アルトリウス。騎士団長の娘だ。


「空いてるが、なぜここに?」


冷たく問う。原作では、アレクシスはリリアを特に嫌っていた。彼女の真面目さと正義感が、アレクシスの悪行を阻害するからだ。


「あ、えっと……他が全部埋まってて」


リリアは困ったように周囲を見回す。確かに、教室の席はほぼ埋まっている。空いているのは、俺の周囲だけだ。


「好きにしろ」


素っ気なく言って、再び窓の外に視線を戻す。リリアは小さく礼を言って、俺の隣の席に座った。


内心では、計画通りだと思っている。原作でもこの場面はあった。そして、ここからリリアとの因縁が始まる。


「あの……」


リリアが恐る恐る話しかけてくる。


「何だ」


「えっと、私、リリア・アルトリウスって言います。よろしくお願いします」


彼女は緊張しながらも、きちんと自己紹介をする。真面目な性格が、よく表れている。


「ヴァンハイムだ。別によろしくする必要はない」


冷たく返す。リリアは傷ついたような表情を浮かべたが、何も言わなかった。


ごめん、リリア。だが、これが俺の役目だ。


教室の扉が開き、一人の女性教師が入ってくる。


「皆さん、席についてください。ホームルームを始めます」


生徒たちが静かになる。女性教師は教壇に立ち、名簿を確認する。


「私は、このAクラスの担任を務めるマリア・シュトラウスです。これから三年間、よろしくお願いします」


マリア先生。原作にも登場する優しい先生で、生徒たちから慕われている。


「それでは、出席を取ります」


名前が次々と呼ばれていく。貴族の名前、平民の名前。それぞれが返事をする。


「アレクシス・ヴァンハイム」


「ここに」


短く返す。周囲の視線が刺さるが、無視する。


「リリア・アルトリウス」


「はい!」


隣でリリアが元気よく返事をする。その声は、どこか無理をしているように聞こえた。さっきの俺の態度が、影響しているのだろう。


出席確認が続く。そして――


「ユリウス・ブライト」


「はい」


教室の前方から、聞き覚えのある声が響く。振り向くと、ユリウスが立って返事をしていた。


彼は俺を見て、一瞬だけ目を合わせる。そして、すぐに視線を逸らした。


当然だ。俺は、彼にとって最初に出会った嫌な貴族なのだから。


「エリーゼ・レグナント」


「はい」


エリーゼの落ち着いた声。彼女は教室の中央、最も目立つ位置に座っている。


出席確認が終わり、マリア先生が話し始める。


「このクラスには、様々な背景を持つ生徒が集まっています。貴族も平民も、男性も女性も。ですが、ここでは全員が平等です。互いに尊重し合い、助け合って学んでいきましょう」


綺麗事だ、と心の中で呟く。だが、マリア先生の言葉は本心からだと分かる。彼女は、本当にそう信じている。


「それでは、最初の授業まで自由時間です。クラスメイトと交流を深めてください」


先生が教室を出ていくと、途端に教室が騒がしくなる。生徒たちが席を立ち、友人を作ろうと話しかけ合う。


貴族たちはエリーゼの周りに集まり、平民たちは固まって小さなグループを作る。その中で、ユリウスだけが一人、席に座ったままだった。


俺も、当然一人だ。


リリアは周囲を見回し、誰かと話そうとしているようだったが、結局席に座ったままだった。彼女の周りにも、誰も近づかない。


騎士団長の娘という立場が、彼女を孤立させている。貴族たちにとっては平民寄り、平民たちにとっては貴族寄り。どちらのグループにも属せない、中途半端な存在。


原作でリリアは、この孤独に苦しんでいた。そして、ユリウスとの出会いが彼女を救う。


「あの……」


リリアが再び話しかけてくる。


「何度も話しかけるな。鬱陶しい」


冷たく言い放つ。リリアは小さく謝って、黙り込んだ。


ごめん。だが、これでいい。


俺はさりげなく、ユリウスの方を見る。彼は一人で教科書を読んでいた。周囲の誰も、彼に話しかけようとしない。


平民だから、というのもある。だが、それ以上に――彼が入学試験で異常な高得点を取ったことが原因だった。


平民のくせに生意気だ、と貴族たちは言う。優秀すぎて近寄りがたい、と平民たちは言う。


結果、彼は孤立する。


原作では、この孤独がユリウスを強くした。だが、同時に彼を苦しめた。


「お前」


俺は立ち上がり、ユリウスの席に向かう。周囲の視線が集まるが、構わない。


ユリウスは驚いて顔を上げる。


「ヴァンハイム様……」


「お前、入学試験の成績が一番だったらしいな」


「は、はい……」


「平民のくせに、調子に乗るなよ」


低い声で言い放つ。周囲の貴族たちが、クスクスと笑う。


ユリウスは唇を噛み、俯いた。


「すみません……」


「謝るくらいなら、最初から出しゃばるな」


さらに追い打ちをかける。ユリウスの肩が震える。


俺は踵を返し、自分の席に戻る。途中、エリーゼと目が合った。


彼女は、冷たい目で俺を見ていた。軽蔑と、嫌悪の混じった目。


それでいい。これが、俺の役目だから。


席に戻ると、リリアが小さな声で呟いた。


「ひどい……」


「何か言ったか?」


「い、いえ……」


リリアは慌てて首を横に振る。


俺は再び窓の外を見る。中庭で笑い合う生徒たち。平和な日常。


だが、俺には許されない。俺は、悪役として生きる。憎まれ、嫌われ、孤独に――


それでも、構わない。


これが、俺の選んだ道だから。


昼休みが近づき、チャイムが鳴る。生徒たちがそれぞれ食堂へ向かい始める。


俺も席を立つ。だが、食堂には向かわない。


向かうのは――学園の資料室だ。


そこには、俺が必要とする情報がある。魔王軍に関する記録、過去の戦争の歴史、そして――この国の弱点。


悪役を演じながら、裏では着々と準備を進める。


誰にも気づかれずに、この世界を救うために。


それが、アレクシス・ヴァンハイムの使命だった。


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