第十二章 ギルド加盟試験——知識と信念

王都アルカディア。


 王国の中心にして、最大の都市。


 人口は十万を超え、石造りの建物が整然と並び、大通りには商人や旅人、貴族の馬車が行き交っている。


 健太とリーネが王都に到着したのは、出発から五日後のことだった。


「すごい……」


 リーネが、馬車の窓から外を見ながら呟いた。


「こんなに大きな街は、初めてです」


 健太も、内心では圧倒されていた。


 村とは、規模が違う。人の数も、建物の高さも、街の広さも。


 これが、王都。


 そして——ギルドの本拠地。


「まずは、宿を確保しよう」


 健太は言った。


「それから、ギルドへの加盟申請を出す」


 宿を見つけ、荷物を置いてから、二人は製薬ギルドの本部へ向かった。


 ギルド本部は、王都の中心部にある巨大な石造りの建物だった。


 門の上には、製薬ギルドの紋章——蛇が巻きついた杯——が掲げられている。


「ここが、ギルド本部……」


 リーネの声が、緊張で強張っていた。


「大丈夫。落ち着いていこう」


 健太は門をくぐり、受付へ向かった。


「加盟申請を出したいのですが」


 受付の男は、健太を上から下まで見た。


「……地方から来たのか」


「はい。ヴァルツ領から」


「ほう」


 男の目に、何か——嘲りのようなものが浮かんだ。


「田舎から来て、ギルドに加盟しようとは。大した度胸だな」


「書類をいただけますか」


「ああ、いいとも」


 男は書類を差し出した。


「ただし、試験は三日後だ。準備する時間はあまりないぞ」


「構いません」


 健太は書類を受け取り、記入を始めた。


 宿に戻り、書類を確認する。


 試験内容は、三つのパートに分かれていた。


 第一部:薬学知識の筆記試験。


 第二部:調合実技試験。


 第三部:倫理審査(面接)。


「筆記試験と実技は、何とかなると思います」


 リーネが言った。


「問題は、倫理審査です。面接官は、ギルドの幹部が務めるそうです」


「つまり、ロッソ側の人間か」


「おそらく。不合格にするための口実を、いくらでも作れます」


 健太は考え込んだ。


 ロッソは、自分たちを合格させたくないはずだ。しかし、あからさまな不正は、外聞が悪い。


「あまり露骨なことはできないはずだ。公正な試験であることを、対外的には示す必要がある」


「でも、試験問題を難しくしたり——」


「それは想定内だ。こっちも、全力で準備する」


 健太は、持ってきた資料を広げた。


「俺の世界の薬学知識と、この世界の魔法薬学。両方を網羅する」


「三日しかありません」


「寝る間を惜しむしかないな」


 二日目の朝。


 健太は、昨日の女性——弟が瘴気病の疑いがあるという貴婦人——を訪ねた。


 住所は聞いていた。王都の高級住宅街にある、立派な屋敷。


 門番に名前を告げると、すぐに中へ通された。


 応接間で待っていると、昨日の女性が現れた。


「お越しいただき、ありがとうございます」


「いえ。弟さんの具合は、いかがですか」


「変わりません。熱が続いています」


「診せてください」


 弟は、奥の寝室にいた。


 十二、三歳の少年。顔色は青白く、目は閉じている。額には、汗が浮かんでいた。


 健太は少年の額に手を当てた。


 熱い。しかし、村で診た患者ほどではない。


 腕を確認する。赤紫色の発疹が、点々と広がっている。


「瘴気病の初期症状です。ただ、まだ重症化していません」


「助かりますか?」


「対処次第です。まず、解熱剤を投与します。それから——」


 健太は鞄から、沈黙の石を埋め込んだペンダントを取り出した。


 エルフィナが作った、特製の治療用アイテム。瘴気病に効果があることが、村での治療で確認されていた。


「これを、少年の身体に当ててください。魔力の影響を遮断します」


「魔力の影響……?」


「瘴気病には、魔法的な要素が関わっている可能性があります。これで、その影響を弱められるかもしれません」


 女性は、不安げにペンダントを見つめた。


「……信じていいのですか」


「信じてください」


 健太は、真剣な目で言った。


「俺は、嘘はつきません」


 解熱剤を投与し、ペンダントを少年の胸元に置いた。


 一時間後。


 少年の呼吸が、少し落ち着いてきた。


 二時間後。


 熱が下がり始めた。発疹も、心なしか薄くなっているように見えた。


「……効いている」


 女性の目に、涙が浮かんだ。


「本当に、効いています……」


「まだ油断はできません。しばらくは、様子を見る必要があります」


「でも——」


 女性は、健太に向き直った。


 そして、深々と頭を下げた。


「——ありがとうございます。弟を救っていただいて」


「礼は、完治してからで」


「いいえ。今、感謝をお伝えしたいのです」


 女性は顔を上げた。


 その目には、決意のようなものが浮かんでいた。


「私は、セラフィーナ。第三王女です」


 健太は、目を見開いた。


「王女……?」


「はい。そして、弟はアルベルト王子。第二王子です」


 王族。


 自分が治療しているのは、王族の少年だった。


「驚かれましたか」


「正直、はい」


「でも、今は身分は関係ありません。あなたは、弟を救ってくださいました。そのお礼を——」


「お礼は不要です」


 健太は首を横に振った。


「俺は、患者を助けただけです。相手が誰でも、同じことをします」


 セラフィーナは、しばらく健太を見つめていた。


 やがて、微かに笑った。


「……あなたは、不思議な人ですね」


「よく言われます」


「でも、お礼はさせてください。あなたが何か困っていることがあれば、力になります」


 健太は、少し考えた。


「実は——」


 彼は、ギルドの加盟試験のことを話した。


 セラフィーナは、真剣に聞いていた。


「ロッソ卿の妨害を受けている、と」


「はい。公正な試験を受けられるかどうか、分かりません」


「……分かりました」


 セラフィーナは立ち上がった。


「直接の介入は難しいですが、監視の目を入れることはできます。試験が不正に行われないよう、手を打ちましょう」


「本当ですか」


「ええ。王族としての権限は限られていますが、それくらいのことはできます」


 健太は、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


「こちらこそ。弟を救っていただいた恩を、少しでも返させてください」


 試験当日。


 ギルド本部の試験会場には、十数人の受験者が集まっていた。


 健太とリーネは、その中に混じっていた。


 周囲の受験者は、ほとんどが若い男女だった。おそらく、薬師の家に生まれ、正統なルートで試験を受けにきた者たちだろう。


「あれが、田舎から来た奴か」


 ひそひそ話が聞こえる。


「よく試験を受けられたな」


「どうせ落ちるだろう」


 健太は、それらの声を無視した。


 試験官が入ってきた。


 その中に、ロッソの姿もあった。


「では、試験を始める」


 ロッソの声が、会場に響いた。


 その目が、一瞬、健太を捉えた。


 冷たい。しかし、どこか——焦りのようなものも、混じっているように見えた。


 ——セラフィーナ姫の介入が、効いているのかもしれない。


 健太は、心の中で姫に感謝しながら、試験用紙に向かった。


 筆記試験は、予想通り難関だった。


 薬草の効能、魔法薬の調合法、禁忌事項、法規制。問題の範囲は広く、一部には明らかに引っ掛け問題も含まれていた。


 しかし、健太は落ち着いて回答していった。


 現代の薬学知識と、この数ヶ月で学んだ異世界の知識。両方を駆使して、一問ずつ潰していく。


 ——これは、分かる。これも、分かる。これは……トラップだな。


 二時間後、筆記試験が終了した。


 実技試験は、調合室で行われた。


 与えられた課題は、「解熱作用のある薬の調合」。


 材料は、試験会場に用意されたものを使う。


 健太は、材料を確認した。


 ——月光草がない。あるのは、この世界で一般的に使われる薬草だけだ。


 予想はしていた。健太の得意な調合法は、エルフィナから学んだ特殊なもの。それを使えば圧倒的な薬ができるが、材料がなければ意味がない。


 ——ここは、基本に忠実にいくしかない。


 健太は、リーネから学んだ「この世界の標準的な調合法」を思い出しながら、作業を進めた。


 一時間後、薬が完成した。


 最後は、倫理審査。


 健太は、面接室に通された。


 三人の面接官が座っていた。その中央に、ロッソがいた。


「薬師寺健太殿」


 ロッソが口を開いた。


「いくつか質問させていただきます」


「はい」


「あなたは、『魔法を使わない薬学』を実践しているそうですね」


「はい」


「それは、ギルドの方針と矛盾しませんか? ギルドは、魔法薬学を基盤としています」


「矛盾しないと考えています」


 健太は、落ち着いて答えた。


「魔法を使わない方法は、魔法薬学を否定するものではありません。補完するものです。両方があれば、より多くの患者を救えます」


「しかし、あなたの薬は、ギルドの認可を受けていません。品質は保証されていない」


「品質管理は、独自の基準で徹底しています。また、ギルドへの加盟が認められれば、ギルドの基準にも従います」


 ロッソの目が、細くなった。


「……なぜ、ギルドに加盟しようと思ったのですか」


「より多くの人に、薬を届けるためです。王都には、瘴気病で苦しんでいる人が大勢います。彼らを助けるには、正規のルートで商売をする必要があります」


「金儲けが目的ではないと?」


「金は必要です。薬の材料を買い、人を雇い、研究を続けるために。しかし、金儲けのために薬を売るのではありません」


 健太は、ロッソの目を真っ直ぐに見た。


「俺が薬を売るのは、人を助けるためです。それ以外の理由はありません」


 沈黙が落ちた。


 ロッソは、しばらく健太を見つめていた。


 やがて、彼は立ち上がった。


「……審査は終了です。結果は、後日通知します」


 数日後。


 結果が届いた。


 合格だった。


「やった……!」


 リーネが歓声を上げた。


「合格です! 私たち、合格しました!」


 健太も、安堵の息をついた。


「ああ。これで、正式にギルドのメンバーだ」


「王都で、店を開けます!」


「ただし——」


 健太は、通知書の続きを読んだ。


「——ランクは最低位だ。『見習い薬師』としてのスタートになる」


「見習い……」


「上等だ。どこからスタートしても、やることは変わらない」


 健太は、窓の外を見た。


 王都の街並みが広がっている。


 この街で、新しい戦いが始まる。


「準備をしよう。王都店のオープンだ」

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