第十三章 王都店オープン——本当の戦いが始まる
王都店の開店準備は、困難の連続だった。
まず、物件探しに苦労した。ギルドの息がかかった不動産屋は、軒並み門前払いだった。「薬屋には貸せない」「もう借り手が決まった」。理由は様々だったが、結果は同じだった。
しかし、セラフィーナ姫の紹介で、ようやく一軒の空き店舗を見つけた。王都の下町、庶民街の一角にある小さな建物だった。
「こんな場所で、大丈夫でしょうか」
リーネが、不安げに周囲を見回した。
確かに、繁華街からは外れている。人通りも、中心部ほど多くはない。
「むしろ、ここがいい」
健太は言った。
「高級店が並ぶ場所で開いても、庶民は来づらい。ここなら、本当に薬が必要な人たちに届けられる」
一週間かけて、店舗の改装を行った。
内装は、村の本店を可能な限り再現した。清潔な床。整然と並んだ棚。明るい照明。
ただし、蛍光灯は使えない。代わりに、魔法で光る石を天井に設置した。エルフィナが調達してくれた、特殊な鉱石だ。
「本店ほど明るくはできませんが、他の店よりはずっと明るいです」
リーネが、仕上がりを確認しながら言った。
「十分だ。これで、客が商品をはっきり見られる」
薬の陳列を終え、最終チェックを行う。
解熱剤、鎮痛剤、胃腸薬、消炎剤、傷薬——基本的なラインナップは揃っている。
ただし、在庫量は限られていた。村からの輸送には時間がかかるため、補充が間に合わない可能性がある。
「最初は、様子を見ながらやろう。需要が分かれば、適切な在庫量を決められる」
開店当日。
朝早くから、店の前には人だかりができていた。
噂を聞きつけた庶民たちが、興味津々で集まっている。
「これが、噂の薬屋か」
「魔法を使わない薬を売ってるって」
「安いらしいぞ」
健太は深呼吸をして、店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ。本日、開店いたします」
人々が、どっと店内に流れ込んできた。
開店初日は、大混乱だった。
客は次々と押し寄せ、店内は常に満員状態。健太とリーネは、休む暇もなく対応に追われた。
「解熱剤はどれだ?」
「この薬は、子供にも使えるのか?」
「頭痛がするんだが、何がいい?」
質問が、絶え間なく飛んでくる。
健太は一人ひとりに丁寧に対応した。症状を聞き、適切な薬を選び、使用方法を説明する。
リーネも、懸命に働いた。彼女の接客は、健太よりも柔らかく、特に女性や子供に人気があった。
「お嬢さん、この薬は本当に効くのかい?」
「はい。私も使っています。安心してお使いください」
閉店時間になる頃には、在庫の三分の一がなくなっていた。
「すごい……」
閉店後、リーネが疲れ切った声で言った。
「こんなに多くの人が来るなんて……」
「需要はある。間違いない」
健太は、売上を確認しながら言った。
「でも、このままじゃ供給が追いつかない。村に連絡して、補充を急がせないと」
「村からの輸送には、五日かかります」
「分かってる。だから、今ある在庫で持たせながら、次の手を打つ」
翌日から、健太は作戦を調整した。
まず、販売数に上限を設けた。一人あたりの購入量を制限し、より多くの人に薬が行き渡るようにする。
次に、予約制度を導入した。すぐに必要でない薬は、予約を受けて後日渡すようにする。
さらに、簡易的な問診票を作成した。客に症状を書いてもらい、それを元に薬を選ぶことで、対応時間を短縮する。
「効率化ですね」
リーネが、問診票を見ながら言った。
「店長さんの世界では、こういうやり方が普通なんですか?」
「普通というか、必要だったんだ。俺の世界では、一日に何百人もの客が来る店もある。一人ひとりに時間をかけていたら、回らない」
「何百人……」
リーネは、想像もつかないという顔をした。
「でも、それだと——一人ひとりの客に、ちゃんと向き合えないのでは?」
「……そうだな」
健太は、少し黙った。
「俺の世界では、効率が優先されることが多かった。でも、ここでは——」
彼は、リーネを見た。
「——ここでは、もう少しバランスを取りたい。効率も大事だけど、客一人ひとりを大切にすることも、同じくらい大事だ」
リーネは、嬉しそうに微笑んだ。
「私もそう思います」
開店から一週間が経った。
店は、軌道に乗り始めていた。
リピーターが増え、口コミで評判が広がっている。「あの店の薬は効く」「安くて助かる」「店員が親切だ」。
しかし、順調なのは売上だけではなかった。
問題も、山積していた。
「王都店の様子を聞いてきたぞ」
ある日、トーマスが村から訪ねてきた。彼は街道沿いの行商を続けながら、各地の情報を集めている。
「噂は広まってる。いい噂も、悪い噂も」
「悪い噂?」
「ギルドが、また動いてるらしい。『あの店の薬は危険だ』『使うと副作用がある』って」
健太は眉をひそめた。
「また、風評被害か」
「それだけじゃない。ギルドの大手薬屋が、価格を下げ始めてる」
「価格を?」
「ああ。お前の店の近くにあるギルドの店が、急に値下げを始めたんだ。解熱剤なんか、お前の店より安くなってる」
健太は、腕を組んで考え込んだ。
価格競争。ダンピングとも言う。相手の価格より安く売ることで、客を奪う戦術だ。
——しかし、魔法薬の原価は高いはずだ。うちより安く売ったら、赤字になる。
「赤字覚悟で、つぶしにかかってるのか……」
大資本の典型的な戦術だった。短期的に損を出してでも、競合を潰す。競合が消えたら、また価格を上げて元を取る。
「どうする、店長」
「価格では勝負しない」
健太は言い切った。
「うちの強みは、安さだけじゃない。品質と、サービスだ」
健太は、差別化戦略を打ち出した。
まず、「健康相談サービス」を強化した。
薬を売るだけでなく、客の健康全般について相談に乗る。症状の原因を探り、生活習慣の改善を提案する。
これは、ギルドの薬屋にはできないサービスだった。彼らは薬を売ることに特化しており、予防や生活指導には興味がない。
「お客様の健康が第一です」
健太は、来店する客に繰り返し伝えた。
「薬は、あくまで手段です。本当に大切なのは、病気にならないこと。そのためのお手伝いをします」
次に、「会員制度」を導入した。
常連客には、特別なカード——健太が「ポイントカード」と呼ぶもの——を発行する。購入金額に応じてポイントが貯まり、一定のポイントで特典が受けられる。
「ポイントカード……面白い仕組みですね」
リーネが感心した。
「お客様が、また来たくなるようになります」
「それが狙いだ。リピーターを増やせば、一回一回の売上が少なくても、長期的には安定する」
差別化戦略は、効果を発揮し始めた。
価格だけを見れば、ギルドの店の方が安い。しかし、客は健太の店を選んだ。
「あっちは安いけど、薬を渡すだけだからな」
「この店は、ちゃんと話を聞いてくれる」
「ポイントも貯まるし、得した気分になる」
ギルドの店の売上は、逆に落ちていった。
赤字を出しながら価格を下げても、客が来なければ意味がない。
——ロッソは、どう動くだろうか。
健太は、次の攻撃に備えて警戒を続けた。
その「次の攻撃」は、予想外の方向から来た。
ある朝、店に来客があった。
「薬師寺健太殿ですね」
入ってきたのは、黒い僧服を着た男だった。鋭い目。冷たい表情。首からは、聖印を模したペンダントを下げている。
「私は、ヴァルター。聖教会の異端審問官です」
——異端審問官。
健太の背筋に、冷たいものが走った。
「お話があります。お時間をいただけますか」
それは、命令の形をした質問だった。
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