第八章 商品開発——異世界OTCの誕生
村に戻ってから、一ヶ月が経った。
エルフィナとの共同研究は、飛躍的に進んだ。
月光草を使った鎮痛剤。複数の薬草を組み合わせた総合感冒薬。胃腸の調子を整える整腸剤。
次々と、「異世界産OTC」が誕生していった。
「これで、主要な薬はほぼカバーできる」
ある日の夜、健太は研究室——店舗のバックヤードを改装した部屋——で、完成品のリストを眺めながら言った。
「解熱剤、鎮痛剤、総合感冒薬、胃腸薬、整腸剤、消炎剤、消毒液。基本的な症状には、対応できるようになった」
「品質も安定している」
エルフィナが、隣で試験データを確認しながら言った。
「同じ配合で作れば、同じ効果が得られる。これは、魔法薬にはない強みだ」
「どういうことですか?」
リーネが尋ねた。
「魔法薬は、調合者の魔力によって効果が変わる。熟練した魔法使いが作れば強力な薬になるが、未熟な者が作ればほとんど効かない。品質のばらつきが大きい」
「なるほど……」
「しかし、我々の薬は違う。配合さえ正確なら、誰が作っても同じ品質になる。これは——」
エルフィナは、少し興奮した様子で続けた。
「——革命的なことだ。薬の品質が、個人の能力に依存しなくなる。大量生産が可能になり、多くの人に届けられる」
健太は頷いた。
「それが、俺の世界の製薬の基本だ。標準化と品質管理。それを、この世界でも実現したかった」
「実現しつつある」
エルフィナが言った。
「お前の知識と、私の薬草学。そしてリーネの——」
彼女はリーネを見た。
「——リーネの調合技術。三人が揃って、初めて可能になったことだ」
リーネは、少し照れたように俯いた。
「私は、まだまだです……」
「謙遜するな。お前の成長速度は、驚異的だ。私が百年かけて学んだことを、一年足らずで身につけつつある」
「それは、店長さんとエルフィナさんの教え方が——」
「違う」
健太が割って入った。
「君自身の才能と努力だ。俺たちは、きっかけを与えただけだ」
リーネは、顔を赤くした。
しかし、その目には——確かな自信が芽生え始めていた。
翌日。
健太は、三人を集めて発表を行った。
「リーネ・フォン・ハイルブルク。本日より、君を『調合師長』に任命する」
リーネが、目を丸くした。
「調合師長……?」
「そうだ。薬の製造に関する責任者。エルフィナは研究開発を担当し、君は実際の生産を担当する。俺は——」
健太は胸を張った。
「——俺は、店長兼営業担当だ」
エルフィナが、口元に笑みを浮かべた。
「分業体制か。いい考えだ」
「ああ。これから患者が増えれば、薬の需要も増える。一人で全部やるのは限界がある。役割を分けて、効率を上げる」
リーネは、しばらく黙っていた。
やがて、深く頭を下げた。
「……分かりました。調合師長、お引き受けします」
「よし。これからも、よろしく頼む」
こうして、店舗の体制が整っていった。
エルフィナが新薬を開発し、リーネがそれを製造し、健太が患者に届ける。
三人の連携は、日に日に滑らかになっていった。
しかし、問題もあった。
「店舗の収容能力が、限界に近い」
ある日、健太は店内を見回しながら呟いた。
来客は日に百人を超えている。しかし、店舗は村の外れにある一軒だけ。遠方から来る患者は、何日もかけて歩いてくる。
——もっと多くの場所で、薬を届ける方法はないか。
その問いが、頭の中でぐるぐると回っていた。
そんな時、一人の少年が店にやってきた。
その少年は、十四歳くらいだった。
ボロボロの服。泥だらけの足。しかし、目だけは鋭く光っている。
「あんたが、薬屋の親方か」
少年は、健太を見上げて言った。
「親方……まあ、店長ではあるな。君は?」
「マルコ。この辺りじゃ、ちょっと名が知れてる」
「何で名が知れてるんだ?」
少年は、にやりと笑った。
「元・盗賊だからさ」
健太の眉が、ぴくりと動いた。
「盗賊?」
「昔の話だ。今はもうやってない。っていうか、やれなくなった。仲間がみんな、瘴気病でやられちまってな」
少年の声から、陽気さが消えた。
「だから——」
マルコは、真剣な目で健太を見た。
「——あんたの店で、働かせてくれ」
健太は、マルコの話を聞いた。
孤児だった。物心ついた時には、街の裏路地で暮らしていた。盗みを覚え、仲間を作り、何とか生き延びてきた。
しかし、二年前から状況が変わった。瘴気病が広がり、仲間たちが次々と倒れていった。
「俺は、なぜか罹らなかった。でも、仲間は——」
マルコの声が、震えた。
「——仲間は、半分以上死んだ。残った奴らも、もう盗みなんかできる体じゃない」
「それで、うちに来たのか」
「ああ。あんたの薬が、本当に効くなら——仲間を助けてくれ。俺は、何でもする。走り使いでも、荷物運びでも」
健太は、少年を見つめた。
痩せた体。しかし、目には意志の光がある。
「……分かった。雇おう」
マルコの顔が、明るくなった。
「本当か!」
「ただし、条件がある」
「何だ? 何でも言ってくれ」
「盗みは二度としないこと。そして——」
健太は、真剣な目で言った。
「——学ぶこと。字の読み書き、計算、薬の基礎知識。全部覚えてもらう」
マルコは、少したじろいだ。
「字なんか、俺に覚えられるのか?」
「覚えられる。俺が教える」
「……分かった。やってみる」
健太は、マルコに手を差し出した。
「ようこそ、転生薬局へ」
マルコは、その手を握った。
それから、マルコは店の一員となった。
最初は、荷物運びや清掃といった雑用から始まった。しかし、彼の機転の良さは、すぐに明らかになった。
「店長。近くの宿場町で、瘴気病が流行ってるって噂を聞いたぜ」
「どこで聞いた?」
「街道を行き来する商人から。かなり広がってるみたいだ」
マルコは、情報収集の天才だった。街道を行き交う旅人、近隣の村の噂、市場で交わされる会話。あらゆる情報を拾い集め、健太に報告してくる。
「これは……使えるな」
健太は、一つのアイデアを思いついた。
「マルコ。配達をやってみないか」
「配達?」
「ああ。店に来られない患者のために、薬を届ける仕事だ。君の足の速さと、情報収集能力があれば——」
「やる!」
マルコは、目を輝かせた。
「俺、足だけは速いんだ。この辺の道なら、どこでも分かる」
「よし。じゃあ、まずは近隣の村から始めよう」
こうして、配達サービスが始まった。
マルコは驚くほどの働きを見せた。朝早く出発し、夕方には戻ってくる。一日で三つの村を回ることもあった。
患者たちの評判も上々だった。
「あの少年が来ると、安心するよ。薬を届けてくれるだけじゃなく、様子も聞いてくれるし」
「元気のいい子だね。ちょっとした頼み事も、嫌な顔一つせずにやってくれる」
マルコは、単なる配達員ではなかった。患者の状況を確認し、必要があれば健太に報告する。事実上の「巡回相談員」の役割を果たしていた。
「店長。東の村で、新しい患者が三人出たって。症状は、発熱と発疹」
「瘴気病か。明日、俺が行く。薬は——」
「解熱剤と消炎剤、もう荷物に入れてある」
「……よくできたな」
健太は、素直に感心した。
マルコは得意げに鼻を鳴らした。
「こんなの、盗賊やってた頃に比べりゃ楽なもんさ」
転生薬局は、着実に成長していた。
製造部門(エルフィナとリーネ)。販売部門(健太)。配達・情報収集部門(マルコ)。
四人体制で、業務を回していた。
しかし、健太の頭には、もっと大きな構想があった。
「もっと広げたい」
ある夜、事務所で一人呟いた。
「この村だけじゃない。もっと多くの人に、薬を届けたい」
地図を広げる。村の周辺。街道沿いの宿場町。領都ウェルテンベルク。そして——王都。
——いつか、王都にも店を出したい。
その野望が、胸の中で静かに燃えていた。
しかし、まだ早い。今は力を蓄える時だ。
健太は地図を畳み、床についた。
明日も、やることは山ほどある。
転生薬局、成長の途上。
物語は、次の段階へと進もうとしていた。
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