第4話 あかね
チコちゃんは一時間と言ったけど、私が2時間と押し通して、2時間にしてもらった。一時間じゃさすがに物足りない。部屋に入るとまず私が一曲歌って、チコちゃんがいつまでも曲を入れないので、デンモクを奪い取って「点描の唄」を入れたけど、どうしても知らないと言うから、結局私が歌うことになった。歌ってる最中に、必ず次の曲を入れると約束して。なんでこんな有名な曲知らないの? 折角チコちゃんに合うと思って入れたのに。
「いつまでも~♪ いつーまでも♪ 続いて欲しいと願っている♪」
何かの曲を入れ終わったチコちゃんが、画面の歌詞を追いながら見つめている。
「いい曲だね…。」
私は笑顔で頷く。
「私の~♪ 僕の~♪ 時間が止まればいいのに♪」
曲が終わると、癖で演奏中止を押す。
「そんな慌てて押さなくてもいいのに…。」
「えー? ほら! チコちゃんの番だよ!」
そう言って、もう一本のマイクをチコちゃんに渡す。そういえば、チコちゃんとカラオケに来るのは初めてだ。
チコちゃんは本当に点描の唄を知らなかったみたいだ。今日の私たちみたいだと思う。
チコちゃんが入れたのは「茜色の夕日」という、私が知らない曲だった。
「さっき、車で聞いてた曲…。」
と言い訳みたいに言うと、チコちゃんは立ち上がった。
「茜色の夕日眺めてたら~♪ 少し~♪ 思い出すものがありました~♪」
私は左右に揺れて、チコちゃんが歌うのを見てる。チコちゃんは割と大きい声量で、しっかり歌うんだ。
「君の~ その小さな目から~♪ 大粒の涙があふれてきたんだ~♪」
さっきの私のことを言われてるみたいで、なんだか恥ずかしい。
「東京の空星は~♪ 見えないと聞かされていたけど~♪ 見えないこともないんだな♪ そんなことを思っていたんだ~♪」
確かに、山梨と比べて、夜空の星の数は少ないけど、別に東京だって星は見える。それに慣れてしまえば、別に寂しいこともない。見えるだけの星の数を見上げて、私たちは生きている。
「これ、誰の曲?」
と聞こうとすると、私の入れた次の曲が始まったので、答えを聞かずに歌に入った。
チコちゃんは、一曲歌ったことで、スイッチが入ったみたいで、デンモクに向かい集中している。チコちゃんはライブに行くのが好きだ。一緒に働いてた時も、聞いても私は全然知らないアーティストのライブに行くと言って、そんな日は珍しく定時ダッシュをしていた。でも、一緒に行こうと誘われたことはない。チコちゃんに、私の知らない世界があるみたいで、なんだか寂しかったのを覚えている。私は、友達に誘われて、幕張のフェスに行ったことがあるだけで、ライブにはほとんど行ったことがない。
さっきチコちゃんは、ディズニーランドにも、北海道にも、ハワイにも一緒に行くって約束したけど、たぶんチコちゃんは口約束で、いかないつもりだろう。でも、私は本気だ。ディズニーランドにも、北海道にも、ハワイにも、モルディブにも、絶対一緒に行く。費用は全部、私が負担したっていい。チコちゃんを連れて、いろんな所に行きたい。チコちゃんを連れて、いろんな世界を見てみたい。
チコちゃんといると、私がしっかりしてリードしなきゃって思うから不思議だ。チコちゃんはしっかりしてて、頼りになるけど、なんかちょっと抜けてるところがある気がするって、今日思った。チコちゃんはもしかしたら、見ている視野がちょっと狭い。それはきっと経験が足りないからだと思う。チコちゃんは消極的だって思うことは今までにもあったけど、海外に行ったことがないとか、人より興味関心が狭いんじゃないかと思った。好きになった方向とか、やらなきゃいけないって状況になったことにはスペシャリストになるけど、そうじゃないことにはとことん無関心なんだなと思った。チコちゃんが、広い視野を持ったら無敵だと思う。チコちゃんに、強制的に新しい世界を見せて、変わるところを見たい。チコちゃんがどんな風に変わるのか、すごく、すごく、楽しみだ。
私がいろんな世界をみたいというより、いろんな世界を知ったチコちゃんがどんな風に変わるのか、私はそっちの方が興味がある。チコちゃんをいろんな世界に連れ出そう。私はさっき、そういうことを決意した。穴の中に縮こまる、ハムスターみたいなチコちゃんを、いっぱいいろんなところに連れていって、無理やり外に出そう。チコちゃんは、きっともっと素敵な人になる。チコちゃんに知り合った、私の運命だ。チコちゃんをいっぱいいっぱい色んな所に連れ出して、いっぱい一緒に楽しいことをしよう。
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