第7話 はるこ

 私は何が起こっているか全くわからず、混乱してしまった。

 東京タワーの麓に車を停めた。東京タワーの点灯はまだ続いている。毎日24時に消灯されるはずである。確実に24時に消えるわけではなく、日によってその時間はまちまちとのことだった。でもあまり遅くなると、東京タワーのライトアップは見ることができない。間に合ってよかった。

「アレ? LINEの通知が6に減ってる…。」

 朱音が助手席で呟く。

「えっ?」

 私は自体がつかめず、えっ? としか答えられなかった。朱音がもう一台の携帯を手に取り、その内容も確認している。

「えっ? さっき通知いくつだったっけ?」

 朱音に問われて思い出す。さっきとは、食事中に私が一瞬、朱音の携帯を手にした時のことだろう。

「13じゃなかったっけ?」

 記憶を辿り、その数字を思い出す。確かに13だった。間違いない。

「そうだよね? 6なんだけど…。」

 朱音が混乱しているのがわかる。私も混乱してしまった。あの時、渡された朱音の携帯を触り、LINEの一覧のところまで進めたものの、一通も開いていない。一通も既読をつけていない。そのあと、朱音が携帯を触る姿は、一度も見ていない。LINEの通知が減るとは、どういうことだろうか…。妖精か小人でも現れて、朱音の携帯のロックを解除し、勝手にLINEを開いたとでもいうのだろうか…。

「えっ? なんで?」

 朱音も、私も混乱している。

「見てみなよ?」

 朱音に声をかけてみる。

「…うん。」

 朱音は携帯に視線を落としたまま、携帯を顔の前まで持ち上げた。一番上の、件の部長がの通知が1に減っているようだ。

 朱音がLINEを開いて、「あっ…。」と声が漏れる。

「どうしたの? なんだって?」

「送信取り消しされてる…。」

「えっ?」

 私は事態が掴めず、混乱してしまった。

「本間さん、昨晩は驚かせてしまって申し訳ありません。」

 朱音が、届いた文章を読み上げているようだ。

 そのメッセージはこのように続いていた。

『本間さん、昨晩は驚かせてしまって申し訳ありません。あのような場で、つい本名を持ち出してしまい、申し訳ありませんでした。怖かったですね。本日少し打ち合わせしたいと、デザイン室に顔を出したのですが、避けられてしまいました。確かにそうですね。昨日もお話した通り、弊社は副業が禁止されています。古い体制だと感じておられるかもしれませんが、副業を持ち、弊社での勤務に集中力を欠いた勤務態度になるといけないという、昔からの規定です。職務の機密事項を、ライバル他社に持ち出されても困るという理由もございます。本間さんの入社される前からの職務規定でございますので、本間さんにも是非尊守していただけたらと思います。本間さんが副業をしているという事実は、現在私しか知りません。本間さんが弊社で働き続けてくれるのなら、ほかの人に知られることがないよう、副業については早期に退職していただきますよう、お願い致します。本間さんが入社以来、弊社の戦力として勤務していただいていることを、私含め、管理職の共通認識として評価しております。本間さんには、今後も変わらず、弊社の戦力として活躍していただきたいと考えております。副業についての職務規定については、考え直す時代が来ているのかもしれませんが、弊社の業務内容から、なかなかすぐに変更することは現実的に難しいでしょう。本間さんにとっては、受け入れがたいことかもしれませんが、入社の際に説明があったと存じますので、尊守していただきますよう、重ねてお願い申し上げます。本間さんの弊社での益々の活躍を期待しています。』

 LINEの本文を読み上げた朱音が、顔を私に向けたまま、フリーズしている。

 私も起こっている事態が、飲み込めず、固まってしまった。

 朱音が携帯を私に差し出す。確認して欲しい、という意味だろうとくみ取り、朱音の携帯を受け取って画面を確認した。確かに朱音が読み上げたのと同じ文章が届いている。

「朱音! やったじゃん! 大丈夫だよ! よかったじゃん! 朱音の頑張りが認められたんだよ!」

 私は思わず声を上げた。想定外の出来事に、朱音は固まったままだ。

「朱音! 大丈夫だよ! 部長さんすごい、いい人じゃん! 朱音!」

 朱音の口元にへらへらとほころびが見えるが、目には涙を溜めたまま、やっぱり固まっている。

「朱音! しっかりして! 朱音の頑張り、見てくれてたんだよ!」

 私は運転席から身を乗り出して、朱音に勢いよく抱きついた。

「朱音! やったよ! 大丈夫だよ!」

 朱音が鼻をすすってるのがわかる。泣いているのだろう。朱音の気持ちが痛いほどよくわかった。こんな展開が待ち受けているなんて、私も、朱音も想定していなかった。想定外の一番ハッピーなことが、朱音に起こったのだ。これを祝わずして、何を祝う? 私はそんな気持ちで、朱音の背中を精一杯さすった。

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