第6話 あかね

 ーーーー夜景の下で、東京が呼吸をしている。

 東京という、一人ひとりの集合体が、意思をもって動いているところを想像してみる。一人ひとりの生活を想像するより、こっちの方が生々しく感じた。今目にしているこの明かりの集合体が、意思をもって呼吸し、どこかに動き出しそうな、そんな気配を確かに感じる。おじさんのかく大きないびきではない。呼吸していることも悟らせないような、静かな、でも確かな呼吸だ。東京という名を授けられたことで、そこに人格が生まれるみたいに。私たちはいつの間にか、車ごとそこに飲み込まれていく。東京の一部になる。東京の血肉になって、毛細血管に酸素を運ぶ赤血球のように、東京の隅々まで走り回ることを想像する。

 チコちゃんの運転は決して上手くない、どことなくぎこちなく、オートマなのにギアが変わるのが、お尻の下でわかる。東京の心拍を感じるみたいに、私はお尻の下でドクンドクンと、東京の血管が脈打つのを確かに感じる。東京が生きている。私たちは自分の意志で動いていると思っていたが、ただ東京に動かされているだけなのかもしれない。そう思ったら急に怖くなってきた。足元をすくわれるような、高所に急に放り出されて、腹の底から不安が湧き出るような、そういう五感からくる種類の恐怖だ。

 私は急激に不安になって、運転しているチコちゃんの方を見る。チコちゃんはまっすぐ前を向いて、運転に集中している。チコちゃんおいていかないで、と心の中で叫ぶが、もちろんチコちゃんには通じない。自分の呼吸が浅くなっている。よくない。チコちゃんが鼻歌を歌っている。あっ、きっと、さっきカラオケで歌っていた曲だ。東京で見る星の数が少ないとか、確かそういう歌詞だった。私は夜景を見るのをやめて、空に視線を移してみる。確かに数は少ない。でもちゃんと星は空に光っている。深く呼吸することに意識を集中してみる。そう、どこに居たって、星は変わらず光っている。

 東京に居たって、それは変わらない。その意識が、私を現実に引き戻してくれた。ゆっくり自分の右手を開いたり閉じたりしてみる。大丈夫、私も、そしてチコちゃんも、東京の操り人形では決してない。糸なんかついていない。私は右手をまたグーパーしてみて、自分の意識でそれが動くのを確かめてみる。大丈夫。大丈夫。

「もうすぐ、東京タワー着くよ。」

 助手席で、妄想トリップしていたとも知らず、チコちゃんが私に言う。東京タワーは近くなりすぎ、もう全体像を車からみることはできない。いつの間にか、東京タワーのふもとに車は停車していた。

「間に合ったね。」

私は意味が分からず、答えに窮していた。

「毎日24時に消灯するんだよ? 朱音知らなかった?」

「あっ…。ああ」

 そういえばそんな話を聞いたことがあった。消える瞬間を見たカップルは、幸せになれるとか、そういう都市伝説。

 今、何時だろう。ふと携帯に手をやった。時間は24時を少し回っていた。無意識にロックの解除をする。人と居るときは携帯を触らないようにしているのだ。失礼だから。

「アレ? LINEの通知が6に減ってる…。」

「えっ?」

 隣でチコちゃんが反応する。

 私はもう一台の携帯も手に取り、同じ暗証番号でロックを解除してみる。そちらの携帯のLINEのアイコンに、未読の通知はない。開いた携帯は間違っていない。

 私は何が起こってるのかわからず、混乱した。

「えっ? さっき見た時、通知いくつだったっけ?」

「13じゃなかったっけ?」

「そうだよね? 6なんだけど…。」

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