魔法少女はもういない

鷹見津さくら

元魔法少女は元敵幹部に再会する

 会いたくて会いたくなかった。そんな相手と同窓会で再会した。僕と違って、相手は心底あいたか会いたくなかったらしい。僕の顔を見た途端、苦虫でも噛み潰しそうな表情になっていた。昔、良く見た表情だ。昔と同じように彼に微笑み返す。嘘くさい、と彼に形容された笑顔で。舌打ちした彼は、側に寄ってくる。

「久しぶりだね」

 僕の声に彼が眉を顰めた。

「……来てるとは思わなかった」

「うん、僕もまさか来られるとは思ってなかったよ」

 親愛の情を示すかのように彼を軽く抱きしめる。そして、一言囁いた。

「本当に久しぶり、魔法少女くん」

「こっちは二度と会いたくなかったぜ、悪の幹部さんよぉ」

 ぱっと彼から離れて、周りを見渡す。僕は帰国子女という設定だったので、みんなは今のハグに対して違和感は持っていないらしい。僕らの会話を聞いてる人間も見当たらなかった。

「それじゃあ、また」

 舌打ちで返事をする彼に苦笑しながら、適当な人の輪に入る。高校生活の思い出を語り合う同級生たちに相槌を返しながら、あの青春時代を思い出していた。

 同窓会が終わり、外へ出る。周りの人々は二次会に行こうと盛り上がっていた。浮ついた雰囲気の中、建物の陰になっている場所へと足を向ける。

「君は二次会に行くの?」

「……行かねえ。とっととお前との話を終わらせる」

「そう。それなら、僕の車に乗って」

 むすっとした顔をしながら、彼は僕の後ろに着いてきた。たまに振り返ると舌打ちされる。ちょっと態度が悪い所は変わらないんだなぁと考えていると駐車場に到着した。

「あ、お酒は飲んでないから安心してね。飲酒運転は犯罪だし」

「お前も犯罪とか気にするのか」

「ふふ、もう一般市民だからね」

 胡散臭そうな目を向けてくる彼に笑ってしまう。昔ならともかく、今は本当のことなのに。

 辺りを見渡してから、彼が車に乗り込む。

「綺麗さっぱり足を洗ったから、変なのに監視されたりはしてないよ」

「勝手に人の思考を読むなって何度言えばいいんだ」

「君が分かりやすいんだもの。仕方ないでしょ」

 エンジンをかけて、車を出す。万が一にも事故を起こす訳にはいかなかった。もし、事故が起きたらきっと彼はもう二度と自分と会ってはくれないだろう。

「……足洗ったって、組織はどうしたんだ」

「壊滅したよ。知ってるでしょ、君がやったんだから」

「俺がやったのは、大元の破壊だけだ。末端には何もしてない」

「末端も壊滅したよ。組織の人間は誰も残ってない。僕以外」

 今から六年前、僕の所属していた悪の組織は壊滅した。当時、魔法少女をしていた彼一人の手によって。

「お前もあの時死んだかと思った。なんも音沙汰ねぇし」

「気にかけてくれたの? 嬉しいな」

「気にかけてない」

「そんなつれないこと言わないでよ。高校時代は色々と一緒にした仲じゃないか。文化祭じゃ君が世間で話題の魔法少女だってバレないように協力したし」

「……お前が悪さしてる組織の幹部だと気付かれないようにもしてやっただろ」

 信号が赤になる。ブレーキをかけて、彼に一瞬視線をやった。真っ直ぐに前を見ている彼が、何を考えているのか分からない。

 昔からそうだった。あの日々の中、僕らは同級生として同じ高校で日常を過ごし、敵対している存在同士として非日常を過ごした。多分、彼に一番近しい存在は、僕だった筈なのだ。それなのに彼が何を考えているのか、全く分からない。男なのに魔法少女に変身していたのは、どうしてだったのかも知らなければ、大人しく僕に着いてきてくれたのか何故なのかも知らない。僕のことを、どう思っているのかも。

「……行き先、僕の家なんだけど」

 さらっと言ったつもりだったけれど、ほんの僅かに声が震えた。ちょっと情けないなと思いながら、信号を眺める。まだ、赤のままだった。

 しばらく待っても隣の気配が消えないことにため息をゆっくりと吐き出す。うん、やっぱりちょっと情けなかった。彼にバレていないといいのだけれど。

「今も魔法少女、やってるの?」

「やってねえ。黒歴史なんだから、あんま触んなその話題」

 そんなことを言われたら、困ってしまう。だって、僕と彼の共通の話題なんてその辺りの話しかないのだから。

「黒歴史なんだ」

「お前だってそうじゃねえのか」

「僕は……そういうの考えてる暇無かったかも」

 正直、裏社会から足を洗うのに必死だった。どっぷりと浸かってしまうまでは楽だっていうのに、離れようとしたら大変なのだから勘弁してほしい。何度も諦めようかなという考えが脳裏を過ったけれど、それでも諦めなかったのは、身綺麗になるまでは彼に会えないと思ったから。

「……魔法少女やってないなら良かったよ。魔法少女なんて便利で強力な存在は兵器にぴったりだからね。僕のいたところ以外からも狙われる」

「お前が俺に興味持ったみたいにか?」

 ぐうの音も出ない。最終的にどうなったかはともかく、最初が興味本位だったことは否定出来なかった。だって、仕方ないだろう。たった一人でこちらを翻弄する少女がいるのだと知ったら見に行きたくもなる。そっと物陰から観察してみれば、幾つもの魔法を駆使して部下たちを蹂躙していて。その姿に思わず見惚れてしまったのだから。

 信号が青になり、車を再び走らせる。金曜日の夜だから、街はいつもよりも明るく騒がしかった。

 そんな喧騒から少し離れて、住宅地へと車は進んでいく。住んでいるマンションの駐車場に車を停めて、彼とエントランスへと向かった。無言の彼に何を言えばいいか分からない。ただ、着いてきているのかだけが気になって気配をずっと探ってしまった。

「……ここだよ」

 ガチャリ、と鍵を開けて中に入る。大人しく一緒に入ってくる彼が何を考えているかは分からなかったけれど、振り返って彼の腕を掴んだ。

「は?」

 目を見開いた彼を引き寄せて、寝室へとテレポートする。勿論、靴はきちんと玄関に置いたままで。

「……足、洗ったんじゃねえのか」

 ベッドに押し倒す形でテレポートしたのに彼はそんなことを言った。脱力しそうになりながら、僕は言葉を返す。

「洗ったよ。でも、力は使える。君もそうでしょ。というか、この状況でその反応されると僕も自信がなくなるんだけど」

 じっと彼の茶色の瞳が僕を見つめる。どれだけ見られても嘘はついてないので好きなようにしてほしい。

「……じゃあ、どういうつもりだ。俺のこと、始末するんじゃねえのか?」

「始末するなら、こんなところ連れ込まないよ。僕は、返事を聞きに来た。君が組織を壊滅させた時、君が好きだと告白したその返事を」

 両手をまとめて拘束して、足も簡単には動かせないようにしているのに彼はちっとも焦った様子を見せない。それは多分、今も彼が魔法少女に変身出来て、僕よりも遥かに強いからだろう。

「冗談、かと思ってた」

「あんなタイミングで冗談なんか言わないよ、流石に」

「それか、命乞いかと」

「……まあ、死ぬかもと思ったから言っちゃったのは合ってるけど。後悔したくなくて」

 崩れていくビルの中、今と違ってピンクの髪にピンクの瞳をしていた彼が、僕の言葉に驚いていたのは覚えている。忘れたことなんてない。彼が動きやすいように裏から手を回して、組織壊滅の手伝いをしていたことに気が付かれた時よりもずっと、驚いていたことを忘れる訳がない。

「俺、女じゃねぇけど」

「知ってるよ。修学旅行で一緒に温泉入ったし」

 視線をうろうろと彷徨わせるのは、彼が困った時の癖だ。僕の告白が本気に取られていないかもとは少し思っていた。だから、会いたくなかったのだ。文字通り命がけの告白が無かったことにされるのは、流石に堪える。

「……本気だったのか? 嘘とかだと、思ってた」

「本当に? 一ミリも考えたりしなかった? 僕が君のことが好きなんだって。下心なく家に誘ったんだって、本気で思ってた?」

 目を逸らした彼が、今更抵抗し始める。でも、その力は弱々しいものだった。彼が少女だった時よりも。

「君が本気で嫌なら、僕も何もしないよ。このまま、君を紳士的に送り届けるし、もう二度と接触しない」

 それはすごく嫌だけれど、彼の幸せが一番なのだ。恋をした相手でもあるが、僕が組織から抜け出せたのは、彼のおかげなのだから。

「……俺のこと好きなのか」

 ぽつ、と彼が言う。それに頷くと彼は再び僕のことを見つめた。瞳の奥に淡いピンク色が見える。

「……あの日から、どっかに消えるし。アルバムにも載ってねえし。卒業式にも来ねえし、成人式にもいねえし。同級生は誰もお前と連絡取れねえって言うし。そもそもお前の連絡先にメッセージ送っても戻ってくるし。電話も繋がらねえし」

 俺のこと好きだって言ったのは嘘だと思ってたから、会いたく無かったと彼が囁いた。

「え」

「だから、お前なんか嫌いだ」

 思わず、彼の上で呻いてしまったのは仕方ないことだろう。だって、そんなの好きって言ってるようなものだ。好きだとしか聞こえなかった。

「……可愛い」

「は? 俺は女じゃねえって言ってんだろ」

「僕は君が可愛いって言ってるんだ。大体、魔法少女の君は可愛いってより物騒だろう」

「物騒ってなんだ、失礼だろ」

 手の拘束をやめて、代わりに彼の頬に手を当てる。すべすべした肌が気持ち良い。

「ずっと君に会いたかった。でも、ちゃんと身辺整理しないと君が危険な目に遭いそうだったから、会えなかった」

「そうかよ」

「同じぐらい、会いたくなかった」

 ぐっと彼が眉を寄せた。ああ、可愛いなと思う。

「君が僕のこと振るかもしれなかったし、さっきみたいに告白を無かったことにするかもしれないし。情けないけど、今日も緊張したんだよ?」

 口をへの字に曲げた彼の額にキスを落としてみる。嫌がられなかったことに安堵した。

「僕がいない間に魔法少女になってなくて良かった。危ないからね」

「俺、お前より強いんだが?」

「そうだとしても危険な目に遭ってほしくはないよ。魔法少女ってだけで狙われるんだから」

 調子に乗って、彼の唇に指を這わせてみる。振り払われないので、僕はにっこりと笑った。

「清らかな乙女だけが、魔法少女に変身出来る」

「は?」

「僕のいた組織に伝わってた言い伝え。知らなかった?」

「知らねえ。俺、乙女じゃねえし嘘じゃねえの」

「確かに乙女ではないかもしれないけれど、清らかなってところは当たってるよね?」

 君って下ネタの話に混ざったりしてなかったし、と続ければ彼に軽く殴られた。全然痛くなくて、可愛いじゃれつきだ。

「だから、試してみようよ。男でも清らかじゃなくなったら、魔法少女に変身出来なくなるのか」

 思い切り嫌そうな顔を彼がした。

「それ、誘い文句のつもりか? センスが無さすぎる。デリカシーも無い」

「なら君好みの誘い文句を教えてよ」

 なんだかんだ、街を破壊する悪の組織をそのままにしておけないぐらいには世話焼きの彼が、僕に正しい誘い文句を教える為に口を開く。それを見計らって、彼の口を自分の口で塞いだ。

 僕への文句が漏れ聞こえてくるけれど、拳も蹴りも飛んでこないことに笑みを深くした。

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