第4話 はじめて知る、自分という存在

その日、私は初めて、自分の顔を知った。


 理由はとても単純だ。

 部屋に、鏡があったから。


 豪華な調度品に囲まれたこの部屋の一角。

 壁際に、金の縁取りが施された大きな鏡が立てかけられている。


(赤ちゃんの部屋に鏡あるんだ……?さすが、公爵家だなぁ)


 侍女に抱き上げられた拍子に、

 ふと視界にそれが入った。


 何気なく、そちらを見る。


(……え)


 鏡の中に映っていたのは――

金とも銀ともつかない淡い色の髪の下で、

淡い紫の瞳が、きょとんとこちらを見つめていた。


 ふわふわで、短くて、

 どう見ても赤ちゃん。


「あう~」

(……誰)


 一瞬そう思ってから、すぐに理解する。


(あ、これ……私か)


 視線が合った。

 鏡の中の少女が、同じようにこちらを見返してくる。


(これが……今世の顔)


 しばらく、じっと見つめ合う。


(……普通に可愛いじゃん)


 内心でうなずいた、そのとき。


「フィオナ」


 背後から、柔らかな声がした。


 母だ。

 金色の髪を揺らしながら、優しく微笑んでいる。


「フィオナ・ヴァルグレイヴ。

 それが、あなたのお名前ですよ」


(……フィオナ)


 頭の中で、そっと繰り返す。


(フィオナ・ヴァルグレイヴ)


 不思議と違和感はなかった。

 前世の名前よりも、ずっと自然に胸に落ちる。


「ほら、フィオナ。お母様ですよ」


(知ってる。声で分かる)


 少し離れたところで、兄が照れたように口を開く。


「……フィオナ。可愛い名前だろ」


(自分で言うな)


 さらに、低く落ち着いた声。


「フィオナ」


 父だ。


 銀色の髪を持つ公爵は、私をまっすぐ見つめて、はっきりと言った。


「お前は、我がヴァルグレイヴ家の宝だ」


(え、なにこの家族……

 美形ぞろいなんですけど!?!?!?)


 思わず、もう一度鏡を見る。


 淡い髪の、小さな少女。

 その背後には、整った顔立ちの家族。


(遺伝子、仕事しすぎじゃない?)


 でも――

 鏡の中の少女の目は、確かに“私”だった。


(……よし)


 フィオナ・ヴァルグレイヴ。

 それが、今の私の名前。


 新しい顔。

 新しい家族。

 新しい人生。


(ここからは、フィオナとして生きる)


 完璧な公爵令嬢として。

 そして――誰にも知られない、もう一つの顔を持つ存在としてこの家族を守るんだ。


 私は、鏡の中の自分に向かって、

 小さく、でも確かに――笑った。

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赤ちゃんから努力したら、いつの間にか最強になっていました 〜表は完璧令嬢、裏は最強冒険者〜 こんぺいとう @konpe-to-

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