怠惰なアラサーの柔らかな日々

日戸 暁

第一話


夜の7時頃。

曙子あきこは、少しの間、ファミレス・サヴォールの看板を見上げていた。


(ここしか、行く場もないし。うん)


ビルの階段を上がり、出前の配達員と入れ違いにするりと店内に入った。


ピンポーンピンポーン,と人の出入りで勝手に鳴るドアチャイムが配達員を送り出し、

それが鳴り終わらないうちに


「ベル、OKでーす」


とスタッフが厨房で言っているのが曙子にも聞こえる。


曙子はレジ横にウェイティングボードのないことを横目で確認しつつ、すでにその脚は、厨房そばの1名用ボックス席に向かっている。


(あ、空いてる)

結局店員に気付かれないまま、そっとその小さなソファ席に腰を下ろし、注文タブレットを引き寄せる。


【平日3品セレクトコース,ドリンクバー付き】

1品目 ミニカレー

2品目 ハッシュドポテト


と迷いなくタップしていく。


それから、サラダを選んで


(ドレッシング……)


一瞬、指先が画面の上でさまよい、


(ま、いつもので)

コブドレッシングで確定し、注文を送信する。

ピンピロピロロンと間抜けなチャイムが鳴る。



(注文、通ったし、飲んでいいよね)


曙子はすぐにドリンクバーへ行き、


(えっと、アイスティー、アイスティー……)


フルーツフレーバーティーのレバーをガラスのコップで押し込みながら、


(あとは、バニラミルクティー……バニラはサヴォールにしかないもんな)


とりとめもなく考えつつ、アイスティーをなみなみとコップに注いだ。


マグカップも取ろうとして、


(でも、ホットドリンクは、食後でいいか。逃げるもんでなし)


曙子は手を引っ込めた。


厨房の方から、

「ドライバーさんの帰るときは、ベルオッケーですって言ってね」

とスタッフ指導の声が聞こえる。


(新しいバイトの子……、と、いつもの涼井すずいさん……涼井さんは、声で分かる)


厨房の脇の、ボックス席にこそこそと戻り、曙子は冷たい紅茶をちびりと飲む。


「それ以外の、ってか普段は、ドアベルが鳴ったら、ちゃんと入り口見て、いらっしゃいませーって言ってくださいね」


(涼井さんは、たぶん、私が来てるの、気づいてないよね)


曙子は、ぐっとコップを傾けた。



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怠惰なアラサーの柔らかな日々 日戸 暁 @nichi10akira

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