第21話 うどんと、通り過ぎる影
「わぁ〜! ここが四国!」
視界いっぱいに広がる空と、どこかのんびりとした空気。
舗装された道の先には、低い建物と遠くに見える山並み。
潮の香りと、ほんのりとした小麦の匂いが混じる風が吹き抜けていく。
「……空間転移、成功ですね」
コトリが静かに周囲を見回し、淡々と告げた。
隣で
「んー! んー!!」
「うん、間違いなさそうだね」
コトリは一度だけ皆に視線を向けると、淡い微笑を浮かべた。
「それでは……私達は進捗を確認するため、四国にいる仲間のもとへ向かいます」
「うん、ありがとね」
陽菜がそう答えると、コトリは一歩踏み出しかけて、ふと思い出したように振り返った。
「……あ、そうです。ここはうどんが有名ですよ」
「.....うどん?」
「ええ。香川県名物です。もし時間があれば、ぜひ」
レナの目がきらりと光る。
「美味しそう……」
「うどんか〜……」
「食べたことないな」
「……食べてみたい……です」
影が小さく呟いた。
「ふむ……」
「そうと決まれば、ゆくしかあるまい」
「決まったようですね」
コトリはくすりと笑った。
「もし仲間に会ったら……手伝ってくれると、嬉しいです」
「おう!」
「それでは」
コトリは最後にもう一度、にこりと笑った。
六花は両手を振りながら、
「んー! んー!!」
と、声にならない声で別れを告げている。
「バイバーイ!」
レナも慣れないながら大きく手を振る。
「またね〜!」
彩葉が手を振ると、二人と一体は淡い光に包まれ、空間の向こうへと消えていった。
「……行ってしまいましたね」
陽菜がぽつりと呟く。
「うん。それじゃあ——」
彩葉は拳をぎゅっと握り、元気よく叫んだ。
「しゅっぱーつ!」
香川県・旅路
まず彼女たちが向かったのは、素朴な佇まいのうどん屋だった。
店の前には短い行列。
白い暖簾が風に揺れ、湯気が外まで漂ってくる。
「ここかな?」
「……並んでいる人が多いな」
村正が周囲を見回す。
「人気店っぽいね!」
彩葉は楽しそうだ。
やがて店内に入り、運ばれてきたのは、澄んだ出汁に白いうどん。
影はじっと丼を見つめている。
「……これが、うどん……」
レナは目を輝かせて丼を覗き込む。
「いただきます!」
一口。
「……!」
その瞬間、レナの表情がぱっと明るくなる。
「お、美味しい……!」
「私も!いただきまーす!」
彩葉が箸を持ち上げ、一口。
「……!」
一瞬の沈黙のあと。
「おいしい!!」
「だろ?」
喰はすでに豪快にすすっている。
「……優しい味だ」
栞はしみじみと頷いた。
「……温かい……」
影は小さく微笑む。
食後は街を歩き、港を眺め、土産物屋を冷やかし、
時間はゆっくりと流れていった。
「楽しかったね〜」
夕暮れが街をオレンジ色に染める頃、彩葉は伸びをしながら言った。
「ほんと、あっという間に夕方だよ〜」
「そうだね〜」
レナは隣で頷いた。
その時だった。
「……ポポポ……」
どこからともなく、奇妙な声が聞こえた。
「?」
影が足を止める。
「どうした? 影」
喰が尋ねる。
影はじっと遠くを見つめたまま、小さく呟いた。
「今……背の高い……女の人が……」
村正は、その言葉を聞いた瞬間、視線を細めた。
「……あいつなら、問題ないな」
「え?」
喰が振り向く。
「知ってんのか? 村正?」
「ん? あぁ……まぁな」
それ以上は語らない。
栞はその様子を見て、静かに頷いた。
「……ふむ……」
「みんな、どうかしたの?」
彩葉が不思議そうに尋ねる。
「なにか話していたようですが」
陽菜も首を傾げた。
「いや、なんでもない」
村正は歩き出す。
「今日はここまでだ。宿を探そう」
「あ、うん、そうだね」
彩葉は少しだけ不安そうにしながらも、皆の後を追った。
「宿……」
レナは少し緊張したように呟く。
「……初めて……」
夜、宿にて
宿は古いながらも清潔で、畳の匂いが心地よい場所だった。
「わぁ……」
レナは部屋を見回し、そっと息を吸った。
荷物を置き、明かりを落とす。
一日の疲れが、静かに身体に広がっていく。
「……今日は、いい日だったな」
喰が布団に転がりながら言う。
「うん」
彩葉は微笑んだ。
影は窓の外を一度だけ見つめ、
遠くに消えた“背の高い影”を思い出すように目を伏せる。
やがて、灯りは消え。
夜は、深く、静かに流れていった。
朝
障子の向こうから、やわらかな光が差し込む。
鳥の声。
遠くの街の気配。
「……朝だ」
彩葉が目を覚まし、ゆっくりと身体を起こす。
レナもゆっくりと目を開ける。
布団の中で、少しだけ微笑んだ。
「……宿、楽しい……」
新しい一日。
香川の朝。
そして——
まだ語られていない出会いの予感だけが、
潮の匂いに混じり、静かに漂っていた。
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