第12話 桜菊祭・前編

夜の帳が下りた東京の空の下、無数の灯りが揺れていた。

 提灯の朱、屋台の白熱灯、行き交う人々の笑顔――それらが溶け合い、街全体がひとつの生き物のように脈打っている。


「わぁ……!」


 彩葉いろはは思わず声を上げた。


「人がいっぱい……あの街みたい。屋台も、いっぱいあるよ!」


「……!」


「おぉ〜!」


 エイくろの目は、宝石のようにきらきらと輝いていた。


「ふふっ。みんな、祭りは逃げないから、落ち着いてね」


 陽菜ひなはそう言いながらも、その表情はどこか楽しそうだった。


「まったく……お主らは子供じゃのう」


 しおりはくすりと笑い、懐から札束を取り出す。


「金はたくさんある! 好きな屋台に行くと良い!」


「おぉ〜……!」


「良いのか!?」


 喰は驚き、影は信じられないというように栞を見上げる。


「どこ行こうかな〜」


 彩葉は屋台の列を見渡し、胸を躍らせた。


「……少しは遠慮したらどうだい」


 陽菜が苦笑いで言うと、栞は肩をすくめる。


「まぁよいではないか。子供を見る親のようで、妾は楽しいぞ」


「栞がいいなら、まぁいいけど」


 こうして一行は、祭りの人波へと溶け込んでいった。


 ――たこ焼きの屋台では、喰が熱々の玉を頬張りながら涙を浮かべる。


「熱っ!? ……でも、うめぇ!!」


 ――金魚すくいでは、影が真剣な顔でポイを水面に沈め、小さな金魚をそっとすくい上げる。


「……とれ……た……」


 ――りんご飴の屋台では、彩葉が大きな赤い飴を両手で持ち、嬉しそうにかじる。


「甘くて……きれい……」


 ――射的では、陽菜が軽く構えただけで景品を次々と落とし、周囲からどよめきが起こる。


「さすがだね……」


 栞はそんな様子を少し離れたところから眺め、満足そうに目を細めていた。


「人と守護者と妖が、同じ場所で笑っておる……

 これが、この祭りの本当の意味なのじゃろうな」


 その言葉を、誰も否定しなかった。


 ――だが。


 視点はゆっくりと上空へ移る。

 夜空のさらに上、祭りの光が届かない場所。


 そこには、歪んだ感情が渦巻いていた。


「人間との……友好の祭りだと!?」


 低く、怒りに満ちた声が闇を震わせる。


「ふざけるな……!」


 黒い気配が膨れ上がる。


「俺は……俺達は……壊してやる!」


 眼下に広がる、平和で無邪気な光の海を睨みつけながら、声は叫んだ。


「こんな……腐った世界を!!!」


 その憎悪は、まだ誰にも気づかれていない。

 しかし確実に、桜菊祭の夜へと近づいていた――。

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