第10話 異空列車と東京

潮の匂いが遠ざかり、街の気配が近づく中で、彩葉いろははふと疑問を口にした。


「ねえ、陽菜ひな……桜菊祭おうぎくさいにはどうやって行くの? 流石に遠そうだし……お金とか、あるの?」


「確かに、桜菊祭のある東京は遠いね。でも――いい列車があるんだ。ついてきて」


「……列車……」


 エイが小さく呟く。


「どんな列車だ?」


 くろが興味深そうに聞くと、陽菜は意味ありげに笑った。


「それは、お楽しみ」


 こうして三人と一匹は、再び歩き出した。


「……さっきの駅じゃないか」


 喰が足を止める。


「ここの列車に乗るの?」


「そうだよ。これをかざすと……」


 陽菜がカードのようなものを改札にかざした瞬間、空気が一変した。

 音が遠のき、色が沈み、世界が薄く歪む。


「……暗く……なった……?」


「なんだか……あの世みたいだぜ」


「さ、入るよ」


 陽菜に促され、駅構内へと足を踏み入れる。


「……あれ? 駅名が……きさらぎ駅……?」


「そう。異空間移動列車が止まる駅だよ」


「……こんにちは」


 静かな声が響いた。

 振り向くと、頭に小さな猿の人形のようなものをいくつも乗せた少女が立っていた。


「あ、こんにちは」


「おはよう、猿夢さゆ


「うん……おはよう……あなたたちも、東京に行くの?」


「うん、そうだよ。猿夢は何しに行くの?」


「……最近、各国で異変が起きてるから……その見回り。もうすぐ祭りでしょ」


「そうだね。頑張って」


「なぁ……こいつ、人間じゃないよな? 何者なんだ?」


 喰の問いに、陽菜はさらりと答える。


「彼女、怪異だよ。怪異って言っても、怪異警官だけどね」


「……ん……怪異警官の猿夢。警備したり……危険なやつと戦ったりする」


「そうなんだ。よろしくね」


「……よろし……く」


「よろしくな」


「……うん……電車……来たみたい」


 不自然に歪んだアナウンスが、構内に流れる。


「マモナク、快速レッシャがマイリます。黄色い線のウチガワにオナラビくだサイ……オアシモトニご注意シテくだサイ」


「さ、入るよ」


「はい!」


「おう!」


「……うん……」


 車内に入ると、見慣れたようでどこか違う景色が広がっていた。


「中は……前に乗った列車と同じだ……」


「この列車、記憶に左右されるからね」


「この列車は……快速列車……すぐ着くよ」


 窓の外には、紫色の空と、どこまでも続く畑。

 現実とは違う、けれどどこか懐かしい風景。


「……外……空が紫で……畑が続いてる……」


「不思議な光景だな……」


「あ、そろそろ着くよ」


 再び、歪んだアナウンスが響く。


「マモナク■■■駅に止まりマス。オアシモトニご注意してくだサイ」


 列車は静かに停車し、四人と一匹はホームへと降り立った。


「着いたぞ〜!」


「久しぶりに来たな〜、東京の街……」


「……私は……そろそろ行く……また……」


「あ、また〜」


 影も小さく手を振る。


「ここは、なんて街なんだ?」


「アニメとか漫画とか、いろんなものがある街だよ」


「じゃあ、祭りまでは時間があるんだろ? 少し見ていこうぜ」


「それ、いいね。二人はどうする?」


「……見てみたい……です……」


「うん!」


「それじゃ、行こうか」


「うん!」


「行こうぜ〜!」


「……うん……」


こうして彩葉たちは、喧騒と光に満ちた東京の街へと足を踏み出した。

 桜菊祭を前に、新たな出会いと出来事が、静かに待ち構えていることをまだ知らずに。

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