第5話 守るべきもの、奪わせないもの

「……この先……」


彩葉いろはは、路地の奥を見つめて呟いた。


空気が重い。

人の気配はあるのに、どこか切り離されたような感覚がある。


「あそこにいる子は……」


陽菜ひなの視線の先。

壁際に、小さな影が見えた。


次の瞬間――


エイに手を出すな〜!」


突然、黒い塊が飛び出してくる。


「わぁっ!?」


彩葉は驚き、足を取られてしりもちをついた。


「大丈夫?」


「は、はい……」


体を起こしながら、彩葉は目の前の光景を見る。


黒いまんじゅうのような一つ目の妖怪。

その後ろに、ボロボロの服を着た少女。


「……でも……この子達は……」


「妖怪と……人間……ねぇ」


陽菜は状況を一瞬で理解した。


「どうしたの?」


妖怪は答えず、ただ身構えている。


「……警戒してるみたいです……」


彩葉の言葉に、陽菜は小さく息を吐いた。


「えぇ……どうしましょう……」


――その時。


空気を裂くように、

霊力の塊が飛来した。


「ッ!」


パァン!


陽菜の銃声が響き、

霊力は空中で弾けて消えた。


「誰!!」


路地の奥から、

ねっとりとした声が響く。


「おやおや、これはこれは……

守護者がいるとは、誤算ですね〜……」


「……誰……?」


彩葉が身構える。


陽菜の目が鋭くなる。


「何しに来た!

陰陽師!」


「陰陽師だって!?

……あれが……」


妖怪が震えた声を漏らす。


「なにしにって……

そこのゴミを片付けに来ただけですよ」


白装束の男が、薄く笑う。


「我らは人類の味方!

妖怪や、妖怪に与する者は排除します!」


「……知らないの?」


陽菜が一歩前に出る。


「人間は妖怪に攻撃してはならない。

妖怪は人間を襲ってはならない。

このおきて……知らないわけないよね?」


「えぇ、存じております」


陰陽師は、口角を上げる。


「ですが!

そのようなもの……

我らは守る必要はないのです!」


霊力が集まり始め、

路地の空気が歪む。


「彩葉!拘束!」


「は、はい!

……やぁっ!」


ショルダーストラップが走り、

陰陽師たちの足元を絡め取る。


「ぬっ!」


「これは!?」


「逃げるよ!ここは狭い!あんた達も!」


「お、おう!」


「彩葉!

その子お願い!」


「はい!」


彩葉は少女を抱きかかえ、走り出す。


「待ちなさい!

待て!」


通行人の声が遠くで上がる。


「何だ何だ!?」


「ここは人も多い!

抜けるよ!」


「うん!」


路地を抜け、

曲がりくねった裏道をいくつも越えた先。


人の気配は、

いつの間にか完全に途切れていた。


古い石段の下。

使われなくなった小さな神社の裏手。


割れた石灯籠。

伸び放題の草。


結界の残滓のようなものが、

微かに空気を歪めている。


「……ここなら……

人もいないし……大丈夫ね……」


黒い妖怪が、深く頭を下げた。


「助けてくれて……ありがとな……」


少し間を置いて、言う。


「……自己紹介がまだだったな。

こいつは影。

オレはくろだ」


「私は……彩葉……」


「僕は陽菜……」


陽菜が言い終える前に、

気配が再び近づく。


「……もう……追いついたか……」


「追い詰めましたよ?」


陰陽師たちが、石段の上に立っていた。


「さぁ!

断罪の時です!

先程のゴミどもを渡しなさい!」


彩葉は、ぎゅっと少女を抱きしめる。


「……渡さない!

悪い人に!」


「それに……ここは人はいない……」


陽菜は火縄銃を構えた。


「存分に暴れられる!」


「その玩具で何ができる?」


「我らの陰陽術には敵わない!

消し炭になれ!」


「……あれは……呪文……?」


「彩葉!

拘束技で壁を作って!」


「はい!」


ショルダーストラップが幾重にも絡まり、

即席の壁を形作る。


「そんな壁……無意味ですよ!

ハァッ!!!」


「なかなか硬いですね。

一斉攻撃です!」


陽菜は、静かに銃を構え直した。


「……富士のご加護よ。

我の狙うものを……燃やし尽くせ……」


「何だ!?」


「……銃口が……

赤く輝いてます……」


「富士のエネルギーを込めたこの攻撃……

受けきれるものなら、受けてみよ」


「良し!

これでこの邪魔な壁は――」


陰陽師の声が、震える。


「……な、何だ……

この……エネルギーは……!?」


「あ、暑い!」


「こ、このままでは!」


「――霊峰弾・フジノミコト!」


放たれた弾は拡散し、

一瞬で陰陽師たちを包み込んだ。


「ぎゃぁ!?」


「あ、暑ぃ〜……!」


「こ、こんなところ……で……」


霊力が霧散し、

その場には静寂だけが残った。


「……すげ〜……

一瞬で片付けちまった……」


「……すごいです……!」


「ふふっ……

大したことないよ、これくらい……」


喰は、少し黙った後、意を決したように言った。


「……なぁ……

あんた達……頼みがある」


彩葉と陽菜を見る。


「オレと……こいつを……

一緒に連れて行ってくれないか……!」


喰は、影を見つめる。


「こいつに……

世界を見せてやりたいんだ!」


「……どうする?

彩葉」


彩葉は、少女の温もりを感じながら、

迷わず頷いた。


「……はい!

一緒に行きましょう」


「ありがとな!

あんた達!」


「そうと決まれば!」


陽菜が明るく言った。


「まずはその子をイメチェンしてあげないと!

汚いままじゃかわいそうだし」


影は、何も言わない。

けれど、その目に、ほんのわずか――

光が宿った気がした。


彩葉は、そっと微笑んだ。


守るべきものが、

ここにある。


そして――

決して、奪わせない。


それが、

守護者である理由なのだから。

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