第4話 街の影、揺れる想い

薄暗い路地の奥で、

小さな影が二つ、寄り添うように佇んでいた。


壁にもたれかかるように座り込む、

ボロボロの少女。


服は汚れ、

髪は絡まり、

その瞳には光がなかった。


「……」


声は出ない。

出そうともしていない。


その前に立つのは、

黒いまんじゅうのような姿をした、

一つ目の小さな妖怪。


エイ……元気出せよ……」


妖怪は必死に、

その丸い体を揺らしながら言う。


「オレが……

オレがきっと、幸せにしてみせるからな!」


だが――

少女は答えない。


虚ろな目で、

ただ妖怪を見つめているだけだった。


遠くから注がれる視線に、

その二人は気づかない。


路地の奥には、

人の気配と、

想いの歪みだけが、

静かに溜まっていた。


視点は変わり――

京都の町並み。


古い瓦屋根と、

現代的な建物が混ざり合い、

人の流れが絶えず続く。


彩葉いろはは、その光景を呆然と見つめていた。


「……ここが……人間の街……京都……」


行き交う人々。

聞こえてくる会話。

笑い声、足音、生活の音。


「……人間が……いっぱい……」


「人間の暮らしてる街だからね」


陽菜ひなは、どこか懐かしそうに答える。


そのとき――


「お嬢さん達、団子はいかがかね」


突然の声に、

彩葉の肩がびくっと跳ねた。


「っ!?」


声の主は、

屋台の前に立つ、優しそうなおじさんだった。


「どうしたんだい?」


陽菜が一歩前に出る。


「このコ、まだ外に慣れてなくてね。

二つもらえるかい?

これで足りるかな」


陽菜が差し出したお金を見て、

おじさんはにっと笑う。


「そうだったのかい。

この街はいいところだぞ」


そう言って、

串に刺さった団子を手に取る。


「あぁ、十分だ。

どれ――おじさんが奮発して四つあげよう」


「感謝します」


彩葉も、少し遅れて頭を下げた。


「……します……」


おじさんは満足そうに笑い、

二人を見送った。


人通りの少ない場所に移動し、

二人は浮遊する椅子に腰を下ろす。


椅子は地面に触れることなく、

ふわりと空中に固定されていた。


陽菜は団子を一つ差し出す。


「どうだい?

守護者は食べたり飲んだりしなくても生きていけるけど、

うまいだろう?」


彩葉は、恐る恐る団子を口にする。


「……はい……

……美味しい……です……」


甘さが、

胸の奥にじんわりと広がった。


彩葉は、周囲を見回す。


「……あの……

この椅子もそうですが……

どうして……浮遊している物がたくさんあるんでしょう……」


「あぁ……天空石だね」


「……天空石……?」


「天空石は、神界……

神様のいるところにある、特別な空色の石なんだ」


陽菜は、空中に浮かぶ街灯や足場を指差す。


「重力を無視する性質があってね。

この街じゃ、結構使われてる」


彩葉は、光を反射する石を見つめた。


「……綺麗ですね……」


「そうでしょ」


「……はい…………?」


彩葉の声が、ふと途切れる。


「どうしたの?」


「……今……

そこを……黒くて……丸いのが……」


陽菜は、少しだけ表情を曇らせた。


「……妖怪?」


「……妖怪……って……?」


「妖怪はね。

人間の噂や、恐怖心から生まれた存在」


彩葉は、真剣に耳を傾ける。


「神様と違って、

伝承がなくても生まれるんだ。

多分……その類だね」


そう言って、

彩葉を見る。


「……彩葉?」


彩葉は、立ち上がっていた。


「……なんだか……

焦っているような感じでした……」


胸の奥が、ざわつく。


「……ちょっと……行ってきます!」


「あ! 彩葉!」


彩葉は、迷いなく走り出す。


陽菜も、すぐに後を追った。


「……路地裏?」


「はい……

ここに……入っていきました……」


薄暗い通路。

人の気配が、急に遠のく。


「……私……

行ってみたいです……」


陽菜は一瞬だけ考え、

すぐに頷いた。


「もちろん!

ついて行くよ」


「……はい!

ありがとうございます!」


二人は、並んで路地の奥へと足を踏み入れる。


彩葉は、まだ知らない。


だが確かに、

この街に――

守るべき“何か”が存在している。


京都の影で、

新たな物語が、静かに動き始めていた。

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