病も……

白川津 中々

◾️

 なぜ生きねばならないのだろうかと問われた場合、人は往々にして軽薄な答えを返すか、知ったような文句を並べるくらいである。


「何を食べても砂の味がする」


 昔から付き合いのあるAは、虚な表情でそう溢した。

 聞くところによると彼は医者に鬱病と診断されたそうで、薬を飲んで寝る毎日を過ごしているという。カフェに私を呼び出したのは恥を忍び、精神を削っての、決死の想いであったのだろう。


「生きてはいる。けれども、今は死ぬ事すら億劫になっているのだと思う。君を呼び出したように、少し本腰をいれたらきっと、ぶら下がっているだろうね」


 絞り出したような笑い。答えに窮す。「死んだ方が気楽じゃないか」とも「生きていてくれ」とも言い難い。私は彼程絶望した事も打ちのめされた事もないのだから、どんな言葉を送ろうとも心許ないものとなってしまう。けれども彼は、話をしたくて私を呼んだのだ。黙っているのも憚られる。


「まぁ、コーヒーを飲みなよ。それから散歩をして、疲れたらベンチに座って、帰りたくなったら帰ったらいい。僕は君を送ってから、帰りに酒を飲んで君の事を思い出すから」


 なんとか口にした台詞は、随分気取っているように思えた。それは彼も感じたようで、実際に「気障だね」と小さく漏らしてバツが悪かった。


 それでもその瞬間、彼に微笑が差したのは、嬉しかった。


「とにかく、コーヒーを飲む事にするよ」


 Aの表情が小さなカップに隠れた。彼の心の内はやはり見えないが、生きている限りは、こうして付き合ってやろうかなと思った。


 Aが死んだと聞かされたのはその翌日である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

病も…… 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画