俺の妹の指摘は、まちがっている。



「ひぅ、お、お兄ちゃん、激しいよぉ……」


「うっさい。ちゃんと拭かないと意味が無いだろ。じっとしてろ」


「ふぁいぃ……」


 妹の頭をワシワシと撫で回すようにして、髪の毛の水気をしっかりと取り除いていく。途中で嫌々と抗議の声が上がったような気がしたが、それも無視して作業を続けた。


「な、なんで……なんでお兄ちゃん、なんとも思わないのぉ……! おかしいよぉ……!」


「あ? 何がだ?」


「こ、こんなこと、したりしてぇ……ドキドキとか、しないの……かな? 私……今、素っ裸なんだけど……」


「する訳が無いだろ。妹の裸なんて見たところで、何とも思わん」


 大体、今よりももっと昔、子供の頃なんかはほぼ毎日のように、こいつが拭いてくれってせがんできていたからな。今更過ぎて何とも思わない。


 それに実妹にドキドキするとか、こいつに欲情するなんてありえない話だしな。俺のことを異性として意識している、こいつが異常なだけである。俺はあくまで正常だ。


「で、お前の言う隠しごとってのは、何についてなんだ?」


「ぁぅ……ぁぅ……」


「……おい、聞いてるのか?」


「ひゃっ!?」


 俺が声をかけると、ビクッと身体を震わせる彩華。なんだ、こいつ。自分から聞きに来たってのに、上の空とは呆れたもんだな。


「聞くならさっさとしてくれ。早くしてくれないと、拭き終わるのが先になるんだが」


「ぅ……んっ……お、お兄ちゃん、ちょ、ちょっと待ってぇ……」


「待たない。こっちだって暇じゃないんだよ。ほら、早くしろ」


「あぅぅ……」


 俺が急かすように言うと、彩華は小さく呻き声を上げる。そしてしばらくの間黙っていたが、やがて観念したのか、小さく呟いた。


「……お兄ちゃん、浮気してるでしょ」


「はぁ?」


 なんだ、浮気だと? いきなり飛び出してきた意味不明な発言を聞いて、俺は思わず眉を顰めてしまう。何を言っているんだ、こいつは。


 そして俺が呆気にとられて手を止めていると、それを好機と見たのか、彩華は俺と対面するように体勢を変えてくると、そのまま言葉を続ける。


「お兄ちゃん、最近帰り遅いよね。どこで何をしてるの?」


「部活だぞ」


「嘘だよ。私、騙されないからね」


 即座に俺が答えを返すと、彩華が鋭く否定してきた。こいつ俺が完全に浮気してると断定して、疑ってるな。まったくといって話を聞こうともしない。


「あと、お休みの日も遅くまで帰ってこないよね。どこに行ってるの?」


「部活だって言ってるだろ」


「それも嘘だよ。誤魔化そうたって、そうはいかないよ」


「あのなぁ……」


 再び即答したが、またしても即座に否定をするこの愚妹。マジで人の話を聞かないな。どれだけ疑り深いんだよ。


「だって、おかしいもん。ここ最近のお兄ちゃん、ずっと変だもん。私に内緒で何かコソコソやってるんでしょ」


「気のせいだろ」


「そんなことない! 絶対に何かあるもん!」


「だから、何もないって言ってんだろ」


 頑なに信じようとしない妹に対して、俺は苛立った口調で返した。いい加減、なんというか鬱陶しくなってきたからだ。あと、全裸で癇癪を起されてもみっともないので、やめてもらいたい。


 というか、何を根拠にしてこいつは俺が浮気をしただの言ってきているのか。まず、大前提として俺には浮気をする相手も、ましてや付き合っている相手すらいないというのに。


 それともなんだ。まさかとは思うが、自分に構ってくれないから、この妹は浮気だと騒いでいるのだろうか。お前とは別に恋愛関係でもなんでもないっていうのに。馬鹿な奴である。


「……じゃあ、聞くが。お前はそこまで頑なに俺が浮気をしていると言うが、それなら何か証拠はあるのか?」


 俺がそう言うと、妹はピタリと動きを止めた。その様子を静かに眺めた後、俺は更に言葉を続けていく。


「まさか根拠も証拠も無いのに、俺を浮気者扱いしてた訳じゃないよな。もしそうだとしたら、随分とふざけた話だと思うんだが」


「……」


「……どうなんだ?」


 無言のまま固まる妹に対し、俺は追及の視線を向け続けた。しばらくの間、沈黙が続いていたが……やがて妹は深いため息を吐き出してから―――


「……ふ、ふふっ。ふっふっふっ」


 と、なんか不敵な笑みを見せていた。 いや、なんだこいつ。素っ裸でドヤ顔で笑われても反応に困るんだが。しかも、微妙に腹立つ顔してるし。


「語るに落ちたね、お兄ちゃん!」


「はぁ?」


 唐突に大きな声を上げた彩華に対して、俺は戸惑いの声を漏らしてしまった。一体、何だと言うのか。


「根拠とか証拠とか言い出すのはね、私は浮気をしてますって自白しているようなものだよ!」


 そして胸を張って、自信満々にそう言い放った。……やっぱり、こいつ馬鹿だろ。呆れを通り越して哀れみを感じるレベルなんだが。



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