俺の妹の節度は、まちがっている。



 沢越彩華さわごえいろはは完全無欠のS級美少女だ。しかし、実兄の俺―――沢越冬也さわごえとうやに恋愛感情を向けてくるような残念な妹でもある。


 普通にしていれば容姿端麗で成績優秀。運動神経も抜群。そんな三拍子が揃った上に、人当たりも良くて誰とだって仲良くなれる完璧人間。非の打ち所が何一つ無いと言えるだろう。


 だからこそ、そんな彩華に告白する男どもは後を絶たない。同じ学年の男子だけでなく、全学年の男どもから好意の目を向けられている。ほとんどの男があいつの虜になっているのだ。


 ……けれども、あいつは誰とも付き合わず、全ての告白を断っている。理由は単純、俺のことが好きだから。俺以外の相手とは付き合う気は毛頭ないらしい。


『私の初めての人はね、お兄ちゃんって決めてるの♡』


 などと、狂気の発言を笑顔で言い放つ始末である。正直、馬鹿としか言えない。このブラコンぶりはもはや末期症状と言っても過言ではないだろう。


 そんなもんだから、あの妹は毎度のように俺に向かってアタックをかけてくる。それはもうしつこいくらいに迫ってくる。おかげでこっちは辟易としているくらいだ。


 というか、いい加減諦めろよって思うのだが、本人は全く諦める気配がない。むしろどんどんエスカレートしていくばかりなのだから手に負えないのだ。本当に勘弁してほしい限りである。


 そんな日々が続いた、ある日の夜のこと―――


「お兄ちゃん、私に何か隠しごとしてるでしょ」


「……は?」


 俺が家のリビングにて、うちの飼い犬であるペロ(犬種はチャウチャウ)と戯れてのんびり過ごしていると、いきなり妹がそんなことを言い出したのだ。あまりに唐突だったので、思わず間の抜けた返事をしてしまったが。


 すると、彩華は不機嫌そうな表情を浮かべつつ、こちらに詰め寄ってきた。俺はソファに座ってペロと戯れているので、必然的にあいつが俺を見下ろすような形となる。


「とぼけないでよ。絶対にお兄ちゃん、何か隠してるでしょ」


「急に何を言い出すかと思えば、何言ってんだ、お前?」


 意味が分からんといった風に聞き返すと、更に顔を近づけてきて問い詰めてくる。その瞳には謎に確信めいた光が宿っていて、面倒な予感しかしなかった。


「絶対、ぜーったい何か隠してるもん! 私には分かるの!」


「……何でそう思うんだよ」


「女の勘、だよ! 私のお兄ちゃんセンサーを舐めないでね!」


「……」


 あぁ、駄目だこりゃ。こいつ、完全に自分の世界に入ってやがる。下手に変な確信が入っている分、これは終わるまでに相当な時間が掛かりそうだ。


 ……だが、面倒な話を進める前に、こいつには言っておくべきことがあるな。


「……はぁ。とりあえず、お前の言いたいことは分かった。だが、その前に1つ言わせてもらうぞ」


「何かな、お兄ちゃん」


「まず服を着ろ。それと小学生じゃないんだから、身体ぐらいちゃんと拭け。風邪引くだろ」


 俺はそう言って、現状の妹の姿を指摘することにした。今の彩華は風呂上がりのバスタオル一枚しか身に纏っていない、ほぼ全裸な状態なのだ。


 しかも、髪はまだ完全に乾ききっておらず、雫がポタポタ落ちていて、水滴となって床を濡らしてしまっている。後々で大変になるのは目に見えているのだが。


「お兄ちゃん、そんなことは二の次でいいんだよ。今はそれよりも大事なことがあるから」


「いや、どう考えたってこっちの方が優先順位は高いだろ」


「違うもん。お兄ちゃんが隠しごとをしているかどうか、そっちの方が私にとって、とっても大事な問題なの」


 ……こいつ、どうあっても退く気はないようだ。しかし、今はいないから何とでもなるが、このままだと後で間違いなく母さんから怒られるだろう。馬鹿みたいな姿でうろつくな、とか。床を濡らすな、とか。


 それに俺が折れないとこいつはずっと濡れたままでいるだろうし、そうなれば本当に風邪を引くことになる。それはそれで色々と厄介なので、ここは折れることにしよう。


「はぁ……分かったよ。こっちが折れてやる。これでいいだろ」


「ホント!?」


 俺がそう言った途端に目を輝かせて喜ぶ彩華。……だが、折れるにしても見過ごせない部分がある。それだけは何とかしておくか。


「ただし、条件がある」


「条件? 条件ってなに?」


 キョトンと首を傾げる彩華。そんな妹に俺は淡々と告げた。


「そのタオルを寄こせ」


「……え、えぇっ!?」


 俺の発言を受けて、驚きの声を彩華は漏らした。それに対して、俺は更に言葉を投げかける。


「お、お兄ちゃん……? えっと、その……それはいくらなんでも、大胆すぎなんじゃ……」


「大胆も何も無いだろ。いいから早く寄こせ。じゃないと話にならん」


「う……うぅ~……」


 俺の言葉に彩華は少し躊躇していたが、しばらくしてから身に着けているタオルを取って、おずおずと差し出してきた。渋るような素振りを見せるものの、何とか大人しく従ってくれたようだ。


 そして俺は差し出されたバスタオルを受け取ると、その後で妹にこっちへ来いと手招きをする。彩華は目を大きく開いていたものの、すぐに言われた通りに従ってくれる。


「こ、これから私、何されちゃうの……? も、もしかして、エッチなことする気なんじゃ……」


「はぁ? んなわけないだろ。アホなこと言ってないで黙ってろ」


「ひゃうっ」


 変に興奮気味の妹を一蹴しつつ、俺は受け取ったバスタオルを広げて、彩華の頭に乗せる。そしてそのままガシガシと髪を拭き始めた。


「わぷっ、ちょ、ちょっと……!」


「いいからジッとしてろ。お前が拭かないなら、俺が拭いてやる。で、その間はお前の好きにすればいい。それが妥協案だ」


 俺はそう言いつつ、手を動かし続ける。彩華は最初こそ戸惑っていたものの、段々と慣れてきたようで今ではされるがままになっていた。時折くすぐったそうな声を上げてはいるが、特に抵抗する素振りはない。


 まったく、手間を掛けさせてくれるよな、この妹は。自分でちゃんとしてくれれば、こんなことをしなくてもいいってのに。本当、手のかかる奴だ。



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