episode4 鳥を追う者、自由を得た者
【惑星Zeronia 神殿】
〈ゼノンよ・・・〉
湿気が立ち込め、暗く冷たい神殿の天井高くから、アル=ラーグスの声が脳内に響く。
闇がうごめき、無数の黒い塊がこちらに向かって広がった。
やがてそれが巨大な人の形になってユラユラ揺れ、目だけが光っている。
〈おまえは、大切な鳥を逃したと思っているようだな〉
ノヴァの事はお見通しか。
「アル=ラーグス閣下、その鳥はEarthに逃げ帰ったようです。追うべきでしょうか」
〈おまえの鳥は、シータの力に呼び寄せられたのだ〉
シータの力に・・・?
〈鳥を捕まえろ。そうすれば自ずと、シータの力は姿を現す〉
その声が聞こえた直後、アル=ラーグスの黒い体は大量のコウモリと化し、バサバサと四方八方に飛び散った。
「う・・・っ」
私はコウモリの大群に思わず膝をついて身をかがめた。
・・・やはり、アル=ラーグスは、ノヴァがシータの力の痕跡と関わりがあると仰せだ。
コウモリの大群が去ると、私は膝を払い、立ち上がった。
「あなた、やはりここにいらしたのね」
エリュシアが神殿の入り口に立っていた。
「ここは女人禁制だぞ」
「わかってます、だからここからは入りません。早く出ていらして」
ノヴァが消えてから機嫌良く私のところへやって来るようになった。
「まさかおまえがノヴァを追い出したのではあるまいな」
監視から、話は聞いている。
「あぁら、追い出したなんて人聞きの悪い」
エリュシアは私が入り口から外へ出ると、後をついて来た。
「そもそも、愛人の存在を正妻の私が良く思わないのは当然だわ。そこをお父様に言われて、黙認して差し上げてたのよ?」
エリュシアの父親は元司令官だ。
跡継ぎを狙い、一人娘のエリュシアと結婚した。
「その上私、あなたのために、あの女の正体を調べてやったんだから」
ノヴァの正体?
私は立ち止まってエリュシアを振り返った。
彼女はそんな私を見てため息をついた。
「ホントやだ、あの女の話になると興味を持つ」
「ノヴァの正体とはなんだ」
エリュシアは得意げに笑みを浮かべる。
「今、リンクを送るわ」
エリュシアからの神経パルス通信は驚くべきものだった。
わずかに口角を上げた、いつものクールな表情のノヴァの顔の下に彼女の名前と所属が記載されていた。
“アリア・カトウ(28)
オメガ軍第一戦闘部所属 中尉”
「なんだと・・・?」
エリュシアは私の驚愕ぶりを面白そうに笑った。
「とんでもない女だったわね」
「これはどこからの情報だ」
「お父様よ、愛人に逃げられてションボリしてるあなたを見かねてお調べになったのよ。そうしたら、こんな結果で笑えるわ」
あのノヴァが・・・
庭のバラの棘で怪我をしてしまうようなか弱いオメガの女が、軍人だと・・・?
まさか!
私はすかさず、ノヴァに張ったリンクで彼女を感知しようとした。
「・・・神経リンクが、途切れた・・・」
「あらあら、油断してたら完全に見失っちゃったわね。でも大丈夫よ、お父様の情報の通りなら、オメガ軍にいるはずだから」
私はエリュシアを睨んだ。
「そんな怖い目をして・・・我を失わないようにしてもらいたいわね。あなたの仕事は、我らの神アル=ラーグスが仰せのシータの力の痕跡を探ってそれを利用する事なのよ。愛人を追いかける事じゃないわ」
エリュシアは私に顔を近づけ、見下すような笑みを浮かべる。
「・・・お父様に見捨てられないように、頑張ってね。期待してるわ、あなた」
そして私に背を向け、スタスタと去って行った。
私は力任せに近くの壁を蹴り、唸り声を上げた。
「ノヴァ・・・」
おまえは、この私の鳥なのだ。
必ず、この手元に取り戻す。
シータの力と共に。
*
【惑星Earth
オメガ第41自治区 医療施設】
私はまた夢の中にいた。
けれど今度は、今までと全く違う夢だ。
美しい花が咲き乱れる大地。
薄く青い抜けるような空には、フワッと虹がかかる。
まるで桃源郷のようだ。
私はそんな世界を歩いていた。
“リラ”
呼び止められて振り返る。
そこに立っていたのは、オメガに帰還後、私の前に現れたルーク・ウォンだった。
“もう悪夢は見ない”
彼は優しく微笑んでそう言った。
ゆっくり目を開けると、ルークの顔が見えた。
え・・・
これは夢なの・・・?
「おはよう」
夢の中と同じ表情でそう言った。
私はいつもの医療用ポッドの中だった。
「再生が終わった、気分は?」
そうだ・・・
私は今日、彼の手術を受けたのだ。
ゼノンの神経リンクを切断する手術を。
「終わったの?」
「終わった。わかるだろう?」
私は頷いた。
「わかるわ・・・」
ゼノンの監視から解放された。
それがハッキリわかった。
そうだ、脚のタトゥーは・・・?
私はタオルケットから脚を出して太ももの内側を見た。
「薄くなってる・・・」
完全には消えていないが、かなり薄くなっていた。
「気分が悪くなければもう帰っていい」
「もう?」
「問題無ければ来週から任務に復帰しろとの事だ。良ければ今日は自宅まで送るけど」
気分も悪く無いし、来週から任務も行けそうだ。
「・・・自宅は、軍の宿舎なの」
「実家は?」
私は首を横に振った。
「養父母が亡くなってからはずっと1人で・・・」
ルークは真顔になった。
「じゃオレと一緒だな」
「え?」
「オレは母子家庭で育った。けど3年前に母が亡くなって、兄弟もいないし」
チャラいイメージの彼の、影の部分を見た気がした。
「まいいや、とりあえず、ここの施設は今日までしか使えないらしいから、準備が出来たら出よう」
「そうなの?」
「直接軍まで送る、どうせオレも行かなきゃならない」
私はポッドの外を見回した。
時計の針は16時過ぎを指しており、窓の外はすでに夕暮れ時の日差しになっている。
「ニコライは?」
「昼過ぎに君の手術が終わって先に軍に戻った」
そっか・・・
「ところで、ここはどこなの?」
ゼータからキリュウに直接ここへ連れて来られ、すぐに整形手術からの神経リンク切断手術で、場所もよくわかっていない状況だ。
「41自治区だ」
「41!」
スイスだ。
我々オメガ軍の拠点は1自治区(アメリカ)なので、かなり離れている。
ゼノンのリンク対策もあり仕方なかった事だが。
「準備してすぐ出れば20時頃には軍の宿舎に着くだろう」
「軍まで何で移動するの?」
「オレの宇宙船」
オレの宇宙船。
宇宙船を持ってるんだ。
この人、医者よね?
宇宙をあちこち巡回して患者を診るの?
謎が多い人物だが、とりあえず彼の言う通りに軍まで送り届けてもらう他ない。
「わかったわ、準備する」
私はそう言い、その場を去ろうとしないルークをじっと見た。
「ん?」
ん、じゃないわよ。
「出て行ってくれない?服を着たいの」
「あ、失礼、つい、君が美しすぎて見とれてた」
彼はそう言ってこちらに背を向けた。
呆れる。
いかにも女性問題を起こしそうなセリフだわ。
私の頭大丈夫なのかな。
私は思わず自分の頭を両手で押さえた。
その後私はルーク・ウォンの車で彼の宇宙船に移動した。
カジュアルな麻のニットにジーンズ。
片耳に2つ付けたピアス。
大ぶりのシルバーネックレスと、ダイヤのような一粒ネックレスを重ねて付け、指にもシルバーリングを付けている。
かすかに香る、柔らかいムスクの香水の匂い。
やっぱりどう見ても医者には見えない。
聞くとどうやら、仕事は医師だけではないらしい。
あちこちの宇宙域でいろいろな商取引をしながら、その傍で医師の仕事も受けるフリーランス。
そのため、いろんな種族の神経リンクの類にも詳しくなったと。
オメガ軍退役後も、何度か軍の依頼を受けて任務に参加した事があり、今回も依頼されて引き受けたとの事だった。
『空中自動車道を離脱します。衝撃にご注意ください』
辺りはすっかり暗くなっており、AIのアナウンスの後、青い光の空中自動車道のルートから外れた。
すぐに宇宙船ポートエリアに入り、車は異彩を放つ一機の宇宙船に近づいた。
「これがあなたの船?」
「そうだ」
流線型のボディはブラックとシルバーのグラデーション塗装になっており、光の当たる角度でオーロラのようなメタリックが輝く。
「キレイね」
「だろ?こいつのローンがあるから、ヒマ無し」
ふぅん・・・
それで軍の依頼も受けてるわけね。
吸い込まれるように車がカーポートに入り、中に入ると、ドラム缶型のロボットが私たちを迎えた。
『お帰りなさいませ、ご主人様』
なにこれ。
なんか、昔のSF映画に出てたような・・・
『リラ・ミタライ様、ようこそメビウス号へ』
メビウスという名前なのね。
エントランスのダークシルバーの壁に小さく“♾️”のマークが刻印されている。
“無限”というところがなんだかキザな彼らしいネーミングだ。
『わたくしはこのメビウス号のコンシェルジュ、L2D2でございます。到着まで短い時間ではございますが、どうぞなんなりとお申し付けくださいませ。さ、こちらへどうぞ、お荷物はわたくしがお持ち致します』
ドラム缶型ロボットL2D2は、手のような金属のフレキシブルアームをビローンとこちらに伸ばし、私のバッグを持った。
『お荷物はゲストルームに運んでおきます。すぐに離陸致しますので、こちらのコックピットの座席におかけになってお待ちください』
私はL2D2に促されるまま、コックピットの黒い革のシートに腰を下ろした。
フワッと体が包み込まれるような感覚。
無重力チェアだ。
シートベルトが両肩の上からとウエスト部にシュルシュルっと締まる。
コックピットの前面にはツヤ消し加工されたメタリックのコンソールパネルがあり、ルークは離陸のための操作を始めた。
継ぎ目のないパネルには操作部の他にアナログな計器が並んでいる。
「珍しいわね、こんなコンソールパネルがあるなんて」
最近の宇宙船は操縦をAIが完全制御しており、物理的なパネルは無いものがほとんどだ。
「もちろんL2D2に言って自動にする時もあるけど、基本は自分が操作する。自分が飛ばしてる感覚が好きで飛行士免許を取ったから」
メカを動かすのも好きというわけね。
「しかもこれ、あれでしょう? Y2コンソール」
私がそう言うと、ルークは意外そうな顔をしてこちらを見た。
「なんで知ってるの?」
「軍に入った時は機関システム部にいて、宇宙船システム開発チームにいたの。Y2コンソールの開発者と一緒に働いてた」
「そうなのか」
Y2コンソールは、パネルに独自で設定するスワイプ操作で宇宙船を操縦するシステムだ。
設定を覚えておく必要があり、設定した本人でなければ操縦できないというところで汎用性が無く、本格実用には至らなかった。
「マニアックで取っ付きにくいけど、宇宙船を乗っ取られる心配が無いというところでは良いシステムだし、何より私はその独自性が好きだったわ」
「意外な共通点で驚きだ」
ルークはそう言いながら宇宙船を離陸させた。
宇宙船の航行ルートまで高度が上がると自動的にシートベルトが解除される。
「ゲストルームを見てもいい?」
「ああ、ゆっくりしてくれ」
『リラ様、どうぞこちらでございます』
ポッドから離脱したL2D2が私を案内する。
こじんまりしたゲストルームは、アンティークな木のフレームのベッドとテーブルセットがあった。
『お荷物はクローゼットに収納しております。到着までは30分足らずで、すぐに下降を始めますが・・・よろしければ軽食をお持ちいたしましょうか?』
お腹はぺこぺこだ。
「ええ、じゃあいただくわ」
『すぐにご準備致します』
私は大きく深呼吸した。
かすかに香る、ルームフレグランスが心地よい。
なんだかとても落ち着く。
ゼノンの支配下を逃れ、惑星Zeroniaから無事に帰還はしたものの、神経リンクのせいで囚われたままのような状態だった。
そこからやっと解放された安堵感はやはり大きい。
「それにしても・・・」
私は改めてゲストルームを見回した。
これだけの設備を整えた宇宙船を持つにはそれなりにお金がかかるだろう。
ローン返済でヒマ無し、というのはわかる気がする。
その後L2D2が運んできたサンドイッチとお茶をいただきながら、天窓から見える天の川を見た。
ほんのしばしのトリップはあっという間に終了し、宇宙船はすぐにオメガ軍に着陸のため高度を下げ始め、再びコックピットの座席に戻る。
「ねぇ、私、手術直後だけど、何か気をつける事とか無いの?」
くつろぎ過ぎてつい、その事を忘れてしまっていた。
「術後の経過を来週軍に復帰してから診るけど、普通通り生活してかまわない。何かあれば連絡してくれ。ホロセル、教えて」
私は言われるままに自分のホロセルをポケットから出した。
お互いのデバイスを近づけ、フワッとカード全体が発光すると繋がり、それ以降通信が可能になる。
「“ルーク”って呼べばいい?」
「ああ。君は“リラ”?」
「うん」
設定した名前で呼びかければ相手に繋がる仕組みになっている。
ホロセルに視線を落とした彼にコンソールパネルの柔らかいライトが当たり、彫刻のような横顔を際立てた。
「ルーク」
私はそんな彼の名を呼んだ。
「ん?」
そしてこちらを向いた彼に右手を差し出した。
「ありがとう。来週からもよろしくお願いします、チームメンバーとして」
そういえばちゃんと挨拶をしていない事を思い出した。
ルークは私の手を取り、わずかに微笑む。
「こちらこそ」
これが私たちの、運命の始まりだった。
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