episode2 偽装された死と追う者
【惑星Zeronia
アルファ司令部 ゼノンの私室】
「ゼノン様!」
私室で休んでいた私のところへ、慌てた様子で部下の1人が入ってくる。
「見つかったか」
部下のその様子は、失踪した愛人ノヴァのことに他ならないと感じた。
「はい、最後にノヴァ様がいた海岸に、若いオメガ女性の遺体が上がりました」
私はフフンと鼻で笑った。
「それがノヴァとでも言う気か」
「着衣が、失踪時のノヴァ様のものでした」
「安い茶番だ」
ノヴァには、神経リンクを張っている。
ゼータは他種族に神経リンクを張り、意のままに操る力がある。
だがそれは、全ての種族の人類に通用するわけではない。
個人差があり、神経リンクを張っても操れない者もいる。
ノヴァは、操れなかった。
操れないからこそ、お互いの愛情が関係の全てだった。
だから、失踪したと気づいた時にはもう遅かったのだ。
ただノヴァがEarthにいる気配だけは感じる。
そして、その心を感じる事も。
「しかしその安い茶番のおかげで、ノヴァが自分の失踪を偽装しようとしている事はわかった」
私に、追わせまいとしている。
なぜ突然そのような行動に出たのか。
失踪の直前、変わった様子はなかったが、一つ気にかかる事はあった。
我らの神アル=ラーグスから、オメガがシータの力の痕跡を隠していると知らされ、そのためのEarth侵略を匂わせた。
その直後、ノヴァは消えた。
アル=ラーグスは、我々の神。
肉体を持たない闇の集合体で、ゼータはアル=ラーグスの破片から生まれた。
その精神の破片が物質化し、生体構造が付与された存在が、我々ゼータだ。
我々はアル=ラーグスの命の下、いくつかの他種族を侵略してきた。
しかしどの種族も、シータのような全能の種族では無い。
この宇宙の全エネルギーを我々ゼータのリンクで上書きし、アル=ラーグスが君臨するには、シータの星脈が必要だった。
だが28年前、シータの王アルセリオンが、自らの力で星脈とそのエネルギーの源である惑星Eliosを消滅させる。
それがこのところ、Earthからシータの力の痕跡を感知するようになったと言うのだ。
オメガは知恵も武力もあり、なかなか強情な種族で侮れない。
無駄な争いは避けるべき存在としてきた。
だがシータの力を隠しているのなら話は別だ。
アル=ラーグスが仰せのその力の痕跡とは、いったいなんなのか。
そして、それを追跡するための侵略計画を話したとたん、消えたノヴァ。
ノヴァを追えば、自然とシータの痕跡にもたどり着くのではないか。
そう読んでいる。
「ノヴァの追跡はもう良い。おまえたちには予定通り、オメガ侵略の作戦に移ってもらう。カーディスを呼べ」
「はっ、かしこまりました」
部下が出て行った後、ほどなくして、大執行官カーディスが姿を現した。
身長2mを超す大男は見るも勇ましい私の右腕だ。
額から頬にかけては流線型の黒い仮面。
両目の位置は黒い空洞が開いている。
「ゼノン様、お呼びでしょうか」
ザラザラしたノイズのような重低音の声が響く。
カーディスは私の前にひざまずいた。
「Earth侵略作戦を予定通り進める」
黒い空洞の両目がわずかにこちらを向く。
「かしこまりました」
「わかっているとは思うが・・・オメガは今まで侵略して来た種族のように、武力中心の攻撃で屈服させられる相手ではない」
カーディスは戦闘能力に長けており、奇襲作戦など指揮を取らせれば右に出る者はいない。
がしかし、オメガ相手にそれではEarthの侵略はできない。
「こちらから攻撃を仕掛けるのではなく、まずは自滅させる方向へ導くのだ。その上で必要とあらば攻撃を仕掛ける」
「はっ」
「最重要事項は、アル=ラーグスが仰せの“シータの力の痕跡”だ。あくまでも、そのための侵略である事を念頭におけ」
「仰せの通りに」
「下がれ」
「はっ」
カーディスが出て行くと、広い部屋には静けさが広がる。
今更、エリュシアと共に過ごす気にはなれない。
ノヴァはいったい何者で、どこへ消えたのか。
私としたことが、冷静ではいられない。
まぁ良い。
私のリンクでノヴァに呼びかけてやろう。
「おまえは・・・私のものなのだから」
私はいつも彼女と過ごしていたデイベッドの上で目を閉じた。
*
【惑星Earth
オメガ第41自治区 医療施設】
薄暗い医療室の一画で、私はポッド内に横たわり、全身の組織再設計を施されていた。
“ゼノンの愛人ノヴァ”は遺体となり見つかっているはず。
今ここにいる私、アリア・カトウは全くの別人に生まれ変わらなければならない。
顔、骨格、皮膚パターンを全面変更し、既存の私の生体データと一致しないように作り変えられる。
そして、新しい名前、リラ・ミタライで新たなIDを取得する。
新しい顔と体、名前。
私は、この再生を終えて、生まれ変わる。
暖かいポッドの中は心地良く、精神も安定するよう設計されている。
にも関わらず私は、また悪夢にうなされていた。
〈ノヴァ、脚を開け〉
それは、初めてゼノンと夜を共にした時だった。
ついに、愛人の座まで登り詰めた。
それは達成感でもあり、同時に恐怖でもあった。
裸の私は、ゼノンに言われるまま、ベッドの上で両脚を開く。
〈恐れる事は何も無い。そなたは、これで私のものとなるのだ〉
ゼノンは優しく微笑んでそう言い、焼印のような物を、私の左の太ももの内側に押し当てた。
「あぁ・・・っ!!」
思わず声が出て目を覚ます。
アラートが鳴り、医師のニコライ・ソコロフがやって来た。
ポッドの透明な上部がゆっくり左右にスライドして開く。
「どうした?」
私は上半身を起こした。
「また夢を見たの・・・」
「ゼノンの?」
私は頷いた。
そしてかけられたタオルケットの下で、左内腿の焼印を見た。
“Z”のマークがタトゥーのように刻印されている。
私は顔を上げ、タオルケットから左脚を出した。
「ニコライ、このタトゥーは消えないの?」
「検査したが、皮膚の深部まで染まっていて、消す事は難しいだろう。目立たない場所だが、気になるなら、上から新たにタトゥーを入れるとか」
そうか・・・
確かに目立たない場所で、人に見られるわけではないが。
「それより、鏡を見るといい」
ニコライはにっこり笑い、私に手鏡を持たせた。
鏡を覗くと、そこには全く知らない女性が映っていた。
「これが私・・・?」
以前は、切れ長の目で、シャープな印象のある顔だったが、目が縦に大きくなって目尻が下がった。
鼻も唇も以前より若干丸みをおびており、あごもまるく柔らかい印象になっている。
髪はロングヘアからショートヘアになり、声帯も調整して低めの声に戻した。
不思議な気持ちで鏡に映る自分を見ていると、なぜか私の新しい顔が、ゼノンに変わった。
〈おまえは誰だ〉
そして嘲笑う。
〈それで私から身を隠したつもりか〉
ゼノン・・・
「リラ?」
私は新しい名前を呼ばれ、ハッとしてニコライの顔を見た。
「あぁ・・・今、鏡の顔が、ゼノンに見えて・・・」
再び鏡を見ると、そこには新しい私の顔が映っているだけだった。
「幻覚だな・・・」
帰還してから眠るたび見るゼノンの夢。
起きている間も今のような幻覚が現れる。
まるでゼノンに見張られているような、そんな感覚がある。
「軍の精神科医は、単なるPTSD(心的外傷後ストレス障害)とは異なるという見解を示している。異種族の神経リンクに詳しい医師が今回のゼータ対策チームに外部から参加する予定だ。彼に診てもらおうと考えてる」
「外部から?」
「と言っても、元オメガの軍人だが」
元オメガの軍人か。
それなら信頼できそうだ。
「感染症などの疑いも無い。気分が悪くなければ、そろそろオメガ軍本部に帰還しても良いとは思うが、その悪夢の正体が気にかかる」
「ゼノンの神経リンクに捉えられている可能性があるという事ね」
「そうだ」
ニコライは静かに頷いた。
それはおおいに考えられる事だ。
操られるようなことすら無かったものの、軍の秘密を共有していた私にリンクを張っておくのは最低限の安全策だったはず。
身代わりの遺体で行方を偽装したつもりではいるが・・・
考えてみれば、そんな事であのゼノンが騙されるとも思えない。
「もしそうなら、軍に戻るのは危険だ」
ゼノンの神経リンクは大まかな位置の特定もできたはず・・・
私が、オメガの軍人でスパイだということがバレてしまう。
「チームに参加する医師に、こちらに来てもらうよう連絡する。それまでもう少し再生を進めよう。浮腫がだいぶ落ち着くはずだ」
「わかったわ」
私はニコライに頷くと、再びポッドの中に身を沈めた。
このまま眠ってしまうと、またゼノンの夢や幻覚を見てしまいそうで怖い。
意のままに操られる可能性も無いわけではない。
今ニコライが言っていた、チームに参加する医師の略歴でも見ておこう。
今回の対ゼータ対策チームのメンバーはよく知っている人物ばかりだが、その元軍人医師の事は全く知らない。
私はポッドの天井部分に配置されているモニターで謎の医師の顔写真と略歴を表示させた。
ルーク・ウォン(28)
オメガ852自治区出身。
アーモンド型の大きな二重の目と通った鼻筋。
唇はまるで彫刻のように整った形をしている。
そのアジア系の整った顔立ちに、肩につく程度まで伸ばした髪は柔らかい黒色で、鼻のライン程度までの前髪はセンターパートで自然に分けている。
ピアスがいくつか耳に見え、大ぶりのシルバーチェーンのネックレスが目立った。
「この人ホントに医師・・・?」
士官学校医学部を22歳で卒業後オメガ軍に入隊。
従軍医師として戦地派遣。
24歳で女性問題による懲戒退役。
えぇ・・・
「女性問題による懲戒退役?」
思わず口に出した。
大丈夫なの、この人・・・
私はポッドの中で腕を組んだ。
いくら、異種族の神経リンクに詳しいからって、なんで軍はこんな問題人物を召喚するんだろう。
私は首をかしげ、これ以上不安にならないよう、ルーク・ウォンの情報を閉じた。
とりあえず、今は再生で回復に努めよう。
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