第9話:ビットコインの王、正体を明かす

スタジオの強力な照明が、容赦なく俺の視界を白く染める。 パチパチと弾けるカメラのシャッター音。鼻を突くスタジオ特有の機械的な熱気。そして、数十人の記者が放つ、獲物を探り当てるような鋭い視線のプレッシャー。


「——それでは、佐藤先生。改めてお伺いします」


女性キャスターが、興奮を隠せない様子でマイクを向けた。 「銀行が見捨てた企業を次々と救済し、『令和の救世主』と呼ばれているあなたですが、その莫大な原資は一体どこから湧いているのですか? 噂では海外の巨大ファンドの後ろ盾があるとも言われていますが……」


俺は、一呼吸置いた。 喉の奥を滑り落ちる、冷たいミネラルウォーターの感触。 今、この瞬間、日本の経済界が俺の唇に注目している。かつて俺を「無能」と呼んだ高橋も、河野も、佐々木も、今ごろテレビの向こう側で、血眼になってこの画面を睨みつけているはずだ。


「後ろ盾などありません。あるのは、一つの『信念』だけです」


俺はゆっくりと、懐からあの「埃をかぶっていたデバイス」を取り出し、カメラのレンズに向けて掲げた。


「これは……USBメモリですか?」記者が怪訝そうに呟く。


「いいえ。これは、私が十年前、当時の年収に等しい百万円を投じて手に入れた『自由の鍵』です。……私は十年前から一度も手放さず、ただ信じて持ち続けた。いわゆる『ガチホ』の神などとネットでは呼ばれているようですが、私はただの、ビットコインの保持者です」


一瞬の静寂の後、スタジオが爆発したような騒音に包まれた。


「ひ、百万が四十億に!?」「十年持ち続けた……!?」 「当時のレートなら、数万倍じゃないか!」


記者の怒鳴り声のような質問が飛び交う。俺は騒音を遮るように、静かに、だが重みのある声で続けた。


「私が銀行にいた頃、この技術を話すと誰もが鼻で笑いました。ある者は『詐欺だ』と言い、ある者は『デジタルゴミだ』と蔑んだ。……私の部下だった若者たちは、私が辞めた後、『看板のない俺はゴミ拾いがお似合いだ』と嘲笑っていたそうです」


俺はカメラの向こう側、かつての勤務先の支店がある方向を射抜くように見つめた。


「ですが、ゴミだったのはどちらでしょうか。既存のルールに依存し、上司の顔色だけを窺い、目の前の技術革新すら見ようとしなかった。……看板というメッキを剥がされた途端、何も残らないのは、私ではなく君たちの方だったのではないか?」


スタジオの空気が凍りつく。俺の言葉は、公共の電波に乗って、日本中の「組織に依存する人々」の胸に突き刺さったはずだ。


「佐藤さん! つまりあなたは、個人の先見明だけで銀行という巨大組織を凌駕したとおっしゃるのですか!」


記者の叫びに、俺は不敵に微笑んだ。


「凌駕? 違います。私はただ、別のステージへ移動しただけだ。四十億という含み益は、私にとってゴールではない。組織という重力から解き放たれ、自分の意志で、守るべきものを守るための『翼』に過ぎない」


会見が終わり、楽屋に戻ると、スマートフォンの通知が鳴り止まなかった。 かつての取引先。媚びを売る役員。 そして、高橋からの必死なメッセージ。 『佐藤さん、いえ、佐藤先生! あの時は若気の至りでした! どうか、僕を先生の事務所で雇ってください! 先生の教えをもう一度……!』


俺は、一文字も読まずに全削除のボタンを押した。 その指先には、もう震えはない。


楽屋の窓を開けると、都会の夜風が吹き込んできた。 排気ガスの匂いに混じって、どこか遠くの夜の香りがする。 俺はふと、十年前、このビットコインを買った日の自分を思い出した。 不安で、孤独で、それでも「何か」を変えたいと願っていたあの頃。


「……長かったな」


俺は、妻の恵子に電話をかけた。 「もしもし、恵子。……ああ、終わったよ。今夜は、君が行きたがっていたあの丘の上のレストランを、貸し切りにしてある。……ああ、看板も肩書きも関係ない、ただの『俺』として行こう」


電話越しの、恵子の安堵したような笑い声が、何よりも心地よかった。


組織を離れ、絶望の底でゴミ扱いされた男は、今、デジタル世界の王として君臨した。 だが、その王座に座るつもりはない。 俺は、この「力」を使い、世界を少しだけ面白い方向へ動かしてやるつもりだ。


「ざまぁみろ、なんて言葉……もう、言う必要もないか」


俺は、ネクタイを緩めると、鏡の中の自分にウィンクをして楽屋を後にした。


次はいよいよ最終話、第10話「真のFIRE、そして伝説へ」です。佐藤がコンサル会社を次世代に譲り、真の自由を手に入れ、かつての敵たちが完全に自滅する中、豪華客船から未来を見据えるラストシーン。完結に向けて書き進めましょうか?

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