外の太陽はギラギラと鋭い紫外線を投げつけ、空気はベタベタと素肌に張り付いてくる。

もう夕方だというのに、相変わらず暑い。


私は近所の人たちと共同購入している食品を乗せた車を待っていた。


おばさん集団の井戸端会議は話が尽きない。

子供たちがそれぞれ巣立ってしまった私にとっても、気分転換になるひとときだ。


「あそこのスーパー、卵が198円だったのよ。今時200円切るなんて安くない?」

「あそこのうち、離婚したらしいわよ」


そんな近所の話で盛り上がる。


そこへ、親子が手を繋いで近づいてきた。

微笑ましい光景…ではない。

母親の顔は鬼の形相で、手は繋がれているのではなく、まるで捕獲しているかのようだ。

子供は顔を引き攣らせ、今にも泣きそうだった。


子供と目が合った。

必死に感情を隠そうと笑顔を作っているように見えた。


私はじっと、親子の後を目で追った。


「ねぇ、ひなちゃん、話聞いてる?」

肩を叩かれて反射で「ごめん」と言い、視線を落とすと、二匹の猫が歩いていた。


「ッ! きなこ!」

思わず大きな声を出してしまった。


「何、急にびっくりした。えっ、三毛猫と鯖猫だ。並んで可愛い」とおばさんたちは言った。


驚いたのはその三毛猫も同じようだった。

ピタッと一瞬歩みを止め、こちらを振り返った。

(似てる、きなこに…。でも、きなこがうちにいたのってもう30年くらい前…さすがに生きてないよね。でも…)


三毛猫はそのまま歩き去った。まるで、親子の後を追うかのように。


「どうした、ひなちゃん? さっきの猫、知ってるの?」


二人がそのまま一軒のアパートに消えていったところで、首を戻す。


「昔、ちょっとだけうちにいた猫に似てたの。『きなこ』って名前をつけたんだけど、私が入院している間に逃げちゃって。」


「えっ、ひなちゃん、病気だったの? 今も? 大丈夫?」

そんな言葉が次々と投げかけられる。


「今はもう大丈夫。それに30年も前の話だし。そっくりな猫ね。実家も隣の市だし。」


「それより…」と話を続ける。

「今の親子、見た?」


「見たというか、通ったなくらいで、よくわからないけど…どうして?」


「なんだか様子がおかしかったから。あそこにあるアパートの人みたいなんだけど。」


みんなで、私が指を差した先にあるアパートを見た。


「あー、あそこかぁ。昔はよく子供の泣き声が聞こえてきてたんだよね。男の子の声みたいだったから、やんちゃなのかなぁって思ってたけど…。そういえば最近、泣き声聞かなくなったかも。」


「成長したんだねぇ。」

そう言いながらさっちゃんが笑った。


ピー、ピー、ピー。

一台のワゴン車がバックして止まった。頼んでおいた食材たちが届き、それぞれが受け取ると「またね」と言って各自の家に帰っていった。


私も一度家に戻り、冷蔵庫にそれらを入れると、また外に出た。


どうしても、さっきのあの男の子の顔が忘れられない。


アパートの前までやってきた。


(? 微かだけど鳴き声がする…)

視線を彷徨わせると、2階の一室のベランダに、さっきの猫が二匹座っていた。


(あそこだ!)

そう思った瞬間、女の人の金切り声が響いた。


「あんたのせいで恥かいたじゃない! 給食をおかわりして残飯ゼロだって! うちがご飯食べさせてないみたいじゃないの!」


「ごめんなさい、ごめんなさい…」

小さく男の子の声も聞こえた。


三毛猫が振り返ると、私の顔をじっと見つめてくる。


(行かなくちゃ)

考えるより先に、身体が動いていた。


ピンポーン…

電子音が鳴り響く。

早くなった呼吸を胸に手を置き、落ち着かせる。


そうだ!

自分のハンカチを取り出し、ドアが開くのを待つ。


しばらくして、

「はい。」とドアが少し開いた。


「すみません、あの、このハンカチが風に飛ばされて落ちてきたんですけど、落とされましたか?」

そう言ってハンカチを見せる。


「はぁ、違います、うちのじゃありません。」

扉が閉まろうとする。

私はもう一度声をかける。


「あの!」


面倒くさそうに

「まだなにか?」


「あっ、いえ。なんでもありません。」

そう言うしかなかった。

バタン、とドアが閉まった。


(もしここで「虐待していましたか?」なんて言ったら、あとであの子がもっと酷い目に遭うかもしれない…)

自分の無力さを痛感した。


アパートの階段を降り、ベランダを見上げると、そこにはもう猫の姿はなかった。



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