調査
それからは猫たちが町中に配置され、情報を集めては夜な夜な報告しあった。塀の上、電柱のてっぺん、屋根の上…ありとあらゆる場所に目と耳が広がる。特に学校とアパートには重点的に猫員を割き、男の子の行動を追っていた。
それからは猫たちが町中に配置され、情報を集めては夜な夜な報告しあった。塀の上、電柱のてっぺん、屋根の上…ありとあらゆる場所に目と耳が広がる。特に学校とアパートには重点的に猫員を割き、男の子の行動を追っていた。
集めた情報を整理する。
『学校での様子』
•男の子は小学2年生。名前は木内悟(きうち
さとる)。
•毎日学校に通い、友達数人と楽しそうに過ご
している。
•担任は身体が大きく筋肉質な30代男性で、声
が大きい。
•昼ごはんはおかわりをするくらいよく食べる。
•信じられないことに、大きな水溜りに浸かって
泳ぎの練習をする時間、悟は日陰に座っている。
『家での様子』
•朝、ドアの音を立てないよう静かに出かける。
•学校から帰宅すると、しばらくソラと遊び、そ
の後机に向かう。
•何かを食べている様子はない。
•自分の衣服とおそらく母親のものと見られる洗
濯をする。
•ほとんど電気をつけずに過ごす。
「母親の方はどうだ?」
そう吾輩が問いかけると、母親担当の黒猫が一歩前に出て報告する。
「どうやら母親は外が明るくなるくらいに帰宅し、昼頃に出かけていくようです。」
悲しそうな顔で報告を続ける。
「そして、母親が雄を家に連れてきているとき、悟はずっと外にいて、家の中には入ることはありません。」
「猫又様、私からも一つよろしいでしょうか。」
そう白に黒のぶち猫が前に出た。
吾輩は顎を上げ、話すように促す。
「はい。悟の担任が明日から『さんしゃめんだん』が始まるから、保護者に忘れないように伝えましょうと言っていました。」
なるほど。それならば明日からしばらく吾輩も学校に足を運ぶか…。
「ありがとう」と労いの言葉を述べる。
今の世の中、こういう声かけを忘れてはいけない。できなければパワハラで訴えられることもある。こうした気遣いができるかできないかで、トップに立つ器がわかるのだ。
それから2日が経つが、まだ悟の母はやってこない。
賢い吾輩は、抜け目なく学校周辺の人間たちに愛想を振りまき、貢ぎものをくれる者たちを増やしておいた。お腹が減る心配はない。
3日目。猫たちが伝言のように吾輩のもとまでリレーしてきた。
「今、母親が学校に向かって歩いています」と。
「来たか。」
食べ物をつけた口を綺麗に舐め取り、ついでに毛繕いしていた吾輩は、スクッと立つと悟の教室へ向かった。
悟の教室は三階にある。
学校の外階段で三階に上がると、耐震用の柱をスイスイと伝い、教室のベランダに降り立った。
そこには、すでにソラも来ている。
「猫又様。もしかして、これから悟の母親が来るんですか?」
「あぁ、そのようだな。」
教室の中では、女の子とその母、そして担任が話をしていた。
「ありがとうございました。それでは失礼します。」
先ほどの親子が出ていくと、開けられたドアから廊下が見えた。
そこには、膝の上で手をギュッと握り、下を向いた悟が座っていた。
その間から、担任が声をかける。
「木内さん、次どうぞ。あれ? 悟くん一人? お母さんはまだかな?」
「はい、まだ来ていません。今日来ると言っていたので、もう少し待ってもらえますか?」
二年生とは思えないほど、しっかりしているものだな…。
「今日は、悟くんで最後だから大丈夫だよ。
そしたら、お母さんが来たら教えてくれるかな。」
そう言って、先生は職員用の机に着席した。
廊下には、ポツンと一人の悟。
その様子を、ソラは苦しそうな表情で見つめていた。
しばらくすると、パタパタパタ――
靴とは違う音が、静かな廊下に近づいてきた。
「あー、悟。順番、回ってきたー?」
遅れてきていることすら気づいていない、呑気な母親の声が廊下にこだまする。
「うん。先生が、いつでもどうぞって。」
「あっ、そ。」
そう言うと、母親はおもむろにドアを開けた。
ガラガラ――。
無遠慮な音が、静かな廊下に響き渡る。
「失礼します、先生。木内悟の母です。」
仕事をしていた先生の手が、ピタッと止まる。
「あ、お待ちしておりました。どうぞおかけください。」
そう言って、先生も児童用の小さな椅子に腰掛ける。
大きな身体が小さな椅子にアンバランスに映り、少し滑稽でもあった。
今日もまた、悟の母親は口裂け女だ。
しかも、外にいる吾輩にまで人工的に作られた匂いが漂ってくる。
「悟がいつもお世話になっております。」
母親は下からねめ上げるように先生に視線を送る。
(やはり、喰うのか、この女は……)
背中の毛が逆立ち、尻尾が太くなる。
そんな吾輩とは対照的に、担任の男は鼻の下がどんどん伸びていった。
「いや、お母様、悟くんは賢くて、二年生とは思えないほど本当に気の利くいい子です。私もクラスのみんなも、いつも悟くんに助けてもらっているんですよ」
ガハハ、と豪快に担任が笑う。
「いやだ、先生、褒めすぎですよ。
悟が調子に乗っちゃうので、やめてください」
と、身体をくねくねさせながら母親は言った。
「全然褒め過ぎではないですよ」
そう言って先生は手元の資料に目を通す。
「えっと、確認ですが、悟くん、体調はどうですか?
二年生では一度も、学校での健康診断や診察を受けていないので、身体の成長の記録がないんです。
もちろん、お休みする時やプールでの見学の件は、スクールメールで毎回知らせてくれているので承知はしているのですが…」
チラッと顔を上げ、母親の様子を確認する。
そこには先ほどとは違い、能面のような顔があった。
ハッとしたのか、すぐに作られた笑顔に戻る母親。
「はい、悟はとても元気ですよ。心配いりません」
「? そうですか?
スクールメールでは、紫外線アレルギーの疑いで検査中であることと、食べても体重が増えないので、定期的に病院に通っているので診察等は学校で受けなくても大丈夫とのことでしたよね。
悟くん、給食は残さずおかわりもしてクラスは残飯ゼロなんですけど、やはり細いのが気になりますね」
一瞬、母親の顔が凍りつく。
ギロッと悟を見ると、わざとらしく笑う。
その瞬間、悟が苦痛に顔を歪めた気がした。
母親の手が、悟の太ももをつねっている。
どうやら先生は気づいていないようだ。
悟は必死に唇を噛み締め、声が出ないようにしているのがわかる。もどかしい。
隣のソラは身体中の毛を逆立て、爪をむき出しにしている。このまま母親に飛びかかってしまいそうな勢いだ。
吾輩は、長い尻尾をそっとソラに巻きつけた。
ソラは隣にいる吾輩に気づくと、シュンと小さくなる。
「はい、定期的に病院に通っているので心配はいりません。この通り元気ですしね。どうやらそういう体質みたいです。」
母親は笑いながら答えた。
会話は終始楽しそうで、悟の顔にも無理やり笑顔が貼り付けられている。こうして三者面談は終了した。
二人の後を、吾輩とソラはそっと追った。
学校の敷地を出ると、母親は悟の手首をしっかり掴み、大股でズンズンと歩いていく。何も言わず、悟の方にも視線を向けない。一心不乱に前だけを見つめる。
悟は恐怖に怯え、必死に小さな足を回転させ、まるで引きずられるかのようについていった。
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