勇気

その次の日の真夜中。

(日にちでいうと二日後になるのか)


猫会議。ボスの「じゃあ、今日はこの辺で」という締めの言葉で、各々が散っていこうとしたその時——


「あの!」


という声が響いた。


一斉に視線が声の方へ向けられる。

そこには、小さく震えながらも、前足を踏ん張り精一杯立っている鯖猫のソラがいた。


「力を、力を貸して欲しいんです。猫又様!」


猫会議を静かに見守っていた吾輩が、急に呼ばれてビクンとなった。


(? 吾輩……?)


尚もソラは話し続ける。


「救って欲しい人間の子がいます。

その子は、母親から食べるものも与えられず、子離れもできない年齢なのに、放置されているんです。」


そこまで言うと、恐る恐る顔を上げ、吾輩の様子を伺った。


ソラの問いに、吾輩は静かに答えた。


「お主がその子に可愛がられていることは知っておる。

その子が母親から虐待を受けていることも承知している。

だが、何故吾輩がその子を救わねばならぬのだ。」


「そ、それは……」


小さな身体をさらに小さく縮め、ソラは言葉を失った。


「あの子は、僕が人間にお腹を切られ、またこの町に戻された後、お腹の痛みと雨ですっかり身体が冷えて死を覚悟した時に、温かく包んでくれたんです。

そして家に入れてくれて、魚肉ソーセージをくれました。

身体が温まるまで、一緒に布団で寝てくれました…。」


声が震え、言葉を詰まらせる。

ソラの小さな肩が、かすかに震えている。


「でも、後から気がついたんです。そのソーセージは、あの子が家で唯一口にできた食べ物だったんだって。その後、朝方帰ってきた母親に、僕を家に入れたことで、かなりの折檻を受けていました…。」


その場にいる猫たちが、一斉に息を呑む気配が伝わってくる。


「猫又様のお噂はたくさん耳にしています。各地で、いろいろなものを救ってきたと。その賢いお知恵と、勇敢なお姿で、どうか僕のことを――いえ、あの子を救ってください。

人間をお救いできるのは、あなた様しかいないんです」


(ま、まぁ、そりゃそうだよね。

吾輩のような大妖怪が、下等なものに興味を持つなど。しかも、低俗な人間如きを救ってやるなどということができるのは……)


「確かに、猫又様のお噂はよく聞きます」

「猫又様なら、きっとできる」


そんな言葉が、猫たちの口から漏れ聞こえる。


沈黙を貫いている吾輩に耐えられなくなったのか、ソラは俯いたまま、ぽつりと言葉を落とした。


「やはり、僕のようなものが猫又様に頼み事をするなど、畏れ多いことですよね…。

すみません、猫又様の貴重なお時間を頂いてしまって…」


ソラの耳が、パタリと折れた。


「そうだよな…。猫又様が、私たちの願いを聞いてくれるはず、ないよな…」

「猫又様なら、解決できると思ったのにな…」


感嘆の声が、次第に落胆の言葉に変わっていく。


(いやいや、まてまて、これじゃあ吾輩が悪者みたいじゃないか。

吾輩は常に、皆が憧れるヒーローでなければならない)


ゔおほんっ。


「お主の言う通り、吾輩は日本全国津々浦々、様々な土地で武勇伝を残してきた。

吾輩のこの頭脳と腕力、そして統率力をもってすれば、解決できぬことなどない。

――だがしかし。

人間の子に限らず、育児放棄などは、どの動物にも見られる、ありふれたことの一つだ。」


その言葉を聞いた瞬間、ソラはこの世の終わりのような顔になり、目に溜まっていた涙をぽろりとこぼした。

周りの猫たちも、皆、黙って俯いた。


「――ただし!」


吾輩は声を張り上げた。


「人間の世界には『一食一飯の恩』という言葉がある。

お主は、その恩を返さねばならぬ。

そしてもう一つ。お主は、吾輩の忠実なるしもべ――いや、部下だ。

部下の受けた恩義は、すなわち吾輩の恩。ゆえに、その件、吾輩が引き受ける。」


猫たちは顔を上げ、声を合わせて「ニャオーン!」と高らかに叫んだ。

ソラはキョトン顔で固まっている。隣にいた茶トラが小声で言った。


「言葉が難しかったよね。要は、猫又様が助けてくれるってことだよ。」


それを聞いたソラの顔がパッと明るくなり、

「ありがとうございます! ありがとうございます!」と何度も繰り返した。


辺りでは、猫たちの鳴き声に反応したのか、

「ワン、ワン!」

と犬が騒ぎ始めた。


もう一度、しっかりとソラを見る。

(繁殖できる年齢になったとはいえ、まだまだ子猫だ。この世に産み落とされてから7、8ヶ月しか経っていない。

こんな小さな身体で、吾輩に助けを求めるとは…なかなかの胆力のある奴だな。)


「お主のその勇気に免じて、吾輩が力を貸してやる。ただし、お前たち、しっかり働くのだぞ。」


「はい!」

猫たちの気持ちが一つになった。




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