第3話 好きってなんだろう
こんなふうに、人に好かれることがあっていいのだろうか。
彩は、ときどきそんなことを考えてしまう。
自分は決して、明るい性格でも、要領のいい人間でもない。
職場では元気に振る舞っているだけで、家ではわりとまったりしている方だ。
失敗も多く、落ち込むことも多い。
人前に立つ仕事をしていながら、
「ちゃんとできているだろうか」と、いつも不安を抱えている。
それでも、悠はいつも嬉しそうだった。
「今日、彩さんに会いに来ました」
そう言って現れるときの表情は、
取り繕ったものではなく、
会えたこと自体を喜んでいるような、まっすぐな笑顔だった。
トレーニング中も、よく笑い、よく声を出す。
彩が伝えたこと一つひとつに真剣に耳を傾け、
素直に反応してくれる。
「彩さんの指導は、いつも分かりやすくて楽しいです」
そんな言葉を、特別な調子もなく口にする。
仕事が立て込む日が続いていた。
気づけば、彩は毎日のように残業をしていた。
憧れている存在の悠が職場に来てから、
疲れている自分の姿を見せるのが、少し嫌になっていた。
そんな様子を、悠はよく見ていた。
「無理、しすぎてませんか」
すれ違いざまに、ふと声をかけられる。
それだけの一言なのに、張りつめていた気持ちが少し緩む。
ある日、栄養ドリンクを差し出された。
「今日はこれ、飲んでください」
理由を説明するでもなく、
当たり前のように渡してくる。
「何か手伝えること、あります?」
「上司じゃないとできないこともあると思いますけど」
そう言いながら、
決して出過ぎることなく、
一歩引いたところでこちらを気にかけていた。
一緒に仕事ができる日は、
「今日も一緒で嬉しいです」と、迷いなく言う。
冗談めかして、
「彩さん、美人ですよね」
そんな言葉を向けられたこともあった。
彩はそのたびに、どう反応していいかわからなくなる。
照れと戸惑いが同時に押し寄せて、
結局、曖昧に笑って流してしまう。
――こんな自分の、どこを見てくれているのだろう。
評価でもなく、
成果でもなく、
ただ「一緒にいること」を喜ばれる。
ネガティブで、不器用な自分の人柄を、
それでも好いてくれる人がいる。
嬉しいはずなのに、何故か落ち着かなかった。
この気持ちに名前をつけてしまったら、
何かが壊れてしまう気がして、
彩はただ、笑って受け取ることしかできなかった。
仕事終わり、外に出ると、
空気がいつもより冷たかった。
冬は、静かに近づいてくる。
気づかないうちに、足元を変えてしまう。
この関係も、きっと同じだ。
まだ何も起きていないのに、
前と同じ場所には、もう戻れない気がしていた。
このとき彩は、まだ知らなかった。
あの夜が、
自分の気持ちに名前を与えることを。
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