エピローグ 新生
愛里たちが下山した後、八尾は全てを引き受けてくれた。穴は不振に思った自分が掘ったことにして、そのまま警察に通報してくれた。二日後、愛里が受けた連絡によると、ひかりの遺体は掘り出され、警察が運んでいった、目撃情報は全て伝えたので、遠からず二人は逮捕されるだろう、ということだった。ひかりの身上は警察ならすぐ掴んでくれるだろう、と信じていたら、二週間後、ネット上にこういうニュースが報道された。愛里はパソコンでこの記事を見た。
虐待のうえ、死体遺棄か 被害者の母と男を逮捕
〇△県警は、殺人と死体遺棄の容疑で、石破由美(33)と、内縁の夫である南竜也(24)を逮捕した。県警の調査によると、八月末、四歳の娘を殴打などして死なせたうえ、死体を三須鷹山に埋めたとなっており、また、二度ほど児童相談所が介入していたことも明らかになっており、県警は動機などを詳しく捜査する、としている。(共同)
今はもう喋らなくなった白猫のビアンカは、愛里の膝の上でこの記事を見て悲しげな顔をして、ニー、と小さな声で鳴いた。愛里はこの記事を書いた新聞記者が、ひかりの名前を出さないでくれたことに救いを感じた。それは、ひかりちゃんの尊厳を傷つける気がしたからだ。愛里はずっとビアンカの頭を撫で続けるのだった。
──それから数年経った。愛里は結婚し、やがて妊娠した。夫の亮一はとても喜んだ。愛里のお腹をさすりながら、
「子供の名前さ、つけたい名前があるんだよ」
「なんて名前?」
「男の子でも女の子でも、ひかりって名付けたいんだよ。輝いて生きてほしいんだよ」
「ええ、いいわよ、素敵な名前ね」
その時愛里は石破ひかりの事を思い出していたが、よくある名前だし、とそれ自体を深く考えることはなかった。彼女の横ではビアンカが興味深そうにお腹を見つめていた。
そして、10ヶ月経った。愛里は産婦人科に入院して、文字通り死に物狂いで、ようやっと赤ちゃんを出産した。愛里はこんな怖ろしいイベントは二度と経験したくない、と枯れ果てた干し芋みたいになってベッドに倒れている。横では亮一が喜んで何か言ってくれているが、余り頭に入ってこない。そこへ、看護師さんが赤ちゃんを病室に入ってきた。
「可愛らしい女の子ですよ。抱っこ出来ますか?」と聞かれて、なんとか、と言いながら白い産着を着た赤ん坊を抱っこした。顔を覗き込むと、目は閉じている。が、急にぱっちりと開いた。そして、
「あいりおねえちゃん、またあえたね。うれしい。これからよろしくね」
とはっきりとよく通る声で言った。愛里は一気に覚醒した。い、いまなんて? 思わず亮一の顔を見るが、微笑んでいるだけだ。看護師も同じ。今の声聞こえた? と亮一に問うてみる。
「ん? 声? 何か言った?」という返事。……私だけに言ってくれたのね。そっか……もう一度生まれてきたんだね。
「そう、私も嬉しいわ。これからよろしくね、私の赤ちゃん、ひかりちゃん」
と愛里は頬を寄せた。赤ちゃんは嬉しそうににっこりと微笑んだ。その顔には見覚えがあった。そう、それは最後に見た石破ひかりの微笑んだ顔だった。(完)
しゃべる猫、愛里たちの想い、そして── 平山文人 @fumito_hirayama
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