第4話 三須鷹山へ行く

 二日後、愛里に美緒からLINEが来た。今年の春に花園幼稚園でお花見会をした時にひかり親子も写っていたらしく、その画像を美緒の母親が町内ママコネクションから入手してくれた。集合写真をアップにした画像が、“Believe next door”のグループLINEに上げられた。そこで七瀬が聞く。


七 ママにはなんて説明したの?

美 行方不明になってるって正直に話した。ただし、ひかりちゃんがしゃべる猫になってるということは伏せてる。

優 ママ心配して警察にどうのとか言わなかった?

美 それは友達がするからって言って押さえ込んどいた。危ない事するんじゃないわよって心配そうにしてた

明 何かするとしても穴掘りぐらいだから大丈夫だよ

七 むしろ噂が広まって警察が事情聴取とかに行ってくれると助かるまである

愛 どう動く? 三須鷹山に行ってみる?

優 行こうよ。行けば分かることがあるかもしれない

明 にしても、ひかりちゃん可愛らしいね。あー許せない。あー殺したい。

 LINEでも同じことになって、みんなで明日香をなだめて、次の土曜日に三須鷹山に調査に行くことが決まった。愛里はクッションに座って楽しそうにテレビを見ているひかりに、送られてきた画像を見せた。

「ひかりちゃん、これ、あなた?」

 ひかりは目を見開いて、そう、これがわたし、と言った。そうなんだね、ありがとう、と言って愛里は改めてひかりの写真を見つめた。目鼻立ちの整った子供らしい可愛さを持った子だ。どうしてこの子がそんな酷い目に遭ったあげく、殺されなきゃいけなかったんだろう。愛里はこれまでにニュース記事などで子供が虐待されて殺された、と言うものを見た事があったが、どこか遠い他人事、自分にはどうしようもない事だと思っていた。

「そんな事なかった。ほんの(・・・)少し(・・・)離れた(・・・・)場所(・・)で(・)、それ(・・)は(・)起こって(・・・・)いたん(・・・)だ(・)」

 気づけばひかりがこちらを見ている。愛里はがばっとひかりを抱きしめ、

「もう心配ないんだからね。私とずっと一緒にいればいいんだからね」と頬をすり寄せる。ひかりは嬉しそうに目を閉じていた。


 十月半ばの秋晴れの午後、五人と一匹を乗せた黒のアルファードが国道を凄い勢いで走っていた。運転している明日香は飛ばすのが好きなのだ。美緒が目を見開きながら

「もうちょっとゆっくり行こうよ」というと、

「心配ご無用。今まで一度も事故った事はないから」と返事する。

「今日がその日にならなきゃいいね」と助手席の七瀬がつぶやく。それを聞いて明日香は少し速度を落とした。いつもと違い、何人も乗せている事の意味を考えたのだ。優子が

「意外と近いものね。二十分ぐらいで到着しそうよ」とスマホの画面を見ながら言う。

「犯人の心理としては一秒でも早く遺体を隠したいだろうからね。遠出は考えにくい。やっぱりここじゃないかな」七瀬が数枚のプリントアウトした紙を見ている。

「三須鷹山には登山口に茶屋があって、そこからハイキングコースを登れば山頂に一時間ぐらいで辿り着くのね。まず、登ってみようか」

「いいトレーニングになるよね。最近なまってるわ~」と俊足の優子が肩を揉む。今日はみんなトレーナーやジャージと言った、動ける服装で来ている。後部座席には大きなスコップが五本、バケツ三個、ロープ、懐中電灯、ゴム手袋などがずらっと準備されている。

「穴を掘る事になるかもしれないしね。あのね、みんな」

 七瀬が後ろを振り向いていいう。

「上手くそれらしき場所を見つけられたとして、穴掘りして、ひかりちゃんを見つけられた時、覚悟しておいてよ。写真で見たような綺麗な顔じゃないよ。もう一ヶ月近く経ってると思うし……腐乱しているからね。匂いもきついと思う。吐くなら離れて吐いてね」

 愛里が生唾を飲んだ。七瀬は今も大学院で社会学を学んでいる学求の徒で、いつも知性を示しみんなを導いてくれる。美緒も優子も覚悟を決めるようにうなずいた。

「着いたな。道具どうする? ひとまず置いておく?」

 明日香が三須鷹山の麓のパーキングエリアに車をバックさせながら聞いた。ひとまず置いておこう、との七瀬の提案にみんな従う。全員片手にスコップを持っていては怪しいだろう。愛里は猫用キャリーを下ろす。ひかりは静かだ、眠っているのだろう。空はうろこ雲に覆われて日差しもきつくない。登山口には「三須の番茶屋」という、和風の茶屋があって、のれんにそば、コーヒー、かき氷と書いてあり、年季を感じる。

「よし聞き込みをしよう」と明日香は当たり前のようにのれんをくぐった。四人も後に続く。午後二時頃の店内は結構繁盛していて、年配の客らがコーヒーを飲んだりあんみつを食べたりしている。レジのところに年配の女性が一人いて、いらっしゃい、と愛想よく声をかけてくれた。

「こんにちは。お母さん、聞きたい事があるのですが……」と明日香はスマホを取り出して、ひかりの画像を開いた・

「この子、見覚えありませんか? この山で行方不明になった可能性があるんです」

 いきなりの質問に面食らった様子を見せたが、少女の写真を見て彼女は眉を曇らせた。七瀬と愛里は目配せをした。

「行方不明に? それはいつ頃ですか?」

「一ヶ月ぐらい前です」白髪をお団子に結んだ、七十歳ぐらいに見える女性は、改めて五人を見て質問してきた。

「あなたたちはどういう人なの? この子の家族なんですか?」

「家族ではないですが、家族みたいなものです。必死に探しているんです」

 愛里が真剣なまなざしで返事した。明日香も七瀬も優子も美緒も必死な視線を送る。女性は彼女らの目を見つめた。嘘はついていない、と判断し、ちょっと待っててね、と奥へと消えていった。少し経って、少し背中の曲がった、しかしとても優しい表情をした同い年ぐらいの男性がやってきた。多分夫婦だな、と七瀬は判断した。

「こんにちは、私はここの店主の八尾と言います。……ここではなんですので、外へ出てもらえますか?」

 五人は素直に応じ、店の外へ出た。若い女性五人は目立つのか、客に注目されていたのに気づいていたのだろう。茶屋から少し離れた砂利道で愛里らはそれぞれ自己紹介した。遠くからシジュウカラの高い鳴き声が聞こえてくる。

「……この女の子かは分からないのですが、ひと月ほど前に妙な事があったんです」

 明日香に見せられた写真を見ながら、八尾は訥々と話しはじめた。

「この茶屋から少し離れたところにごぼうを育てている畑があって、そこで私が水撒きをしていたんです。時間は夕暮れで暗くなる時だったので、はっきりとは見えなかったんですけど、二人でそれなりの大きさの荷物を前後に抱えて小走りで山中に入っていく姿が見えたんです」

 八尾はここで話を切って、左右を見渡した後、続けた。

「それで何か変だな、と思ってそっと後を付けたんです。三須鷹山の地理は全て頭に入っています、逃しはしません。二人は藪に突っ込んで奥へ奥へと入り込み、少し開けた所で腰を下ろして休憩しました。私は大木の影でその姿を見ていました。大柄な男と金髪の女性の二人組でした」

 それを聞いて美緒がああっ、と声をあげた。七瀬がうなずいて、説明を続けてください、とうながした。八尾は一瞬ためらったが、話し続けた。

「暑くなったのでしょう、男が長袖をまくりました。その両腕に入れ墨が入っているのを見て、これは暴力団員か何かか、と不穏を感じた私は緊張しながらも、まだ離れませんでした。そして彼らはスコップで穴を掘りはじめました。その時私の頭の上でノビタキが鳴いたので、男がこっちを見たのです。慌てて身を隠した私は、急いでそこを離れました。……家に戻った後、あ、あの茶屋は私たちの家なのですが、家内に事の顛末を報告しました。家内は、警察に届けたら? と言いましたが、何せ何の確証もないし、犯罪の匂いがして危険な気もしたので、つい今日まで何もせずじまいだったのです」

 優子が被せ気味に尋ねた。

「八尾さん、そこにもう一度行けますか、場所を覚えていますか?」

「ええ、もちろん。三須鷹山の事は全て分かっています、もう四十年ここに住んでいますから」

 明日香が力強い声で言った。

「案内してください」四人も同時に首を縦に振った。

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