特別編 スマイル・リコイル
ピピは、鏡の前で自分の笑顔を確認していた。
割れた洗面鏡。
罅の隙間から、いくつものピピがこちらを見返してくる。
どの顔も同じだ。頬は不自然な角度で持ち上がり、白すぎる義歯が整然と並び、目は楽しげに細められている。
「うん。今日も最っ高」
彼女は満足そうに頷いた。
この笑顔は、努力の結晶だ。
頬の筋肉は数年前に切除され、代わりに入れたのは固定式の義皮と感情同期型マイクロアクチュエータ。
脳がどんな状態でも、口元だけは楽しい顔を作り続ける。
悲鳴を上げながらでも。
内臓が飛び散る光景の中でも。
それが、
今日の舞台は、ミラーフロア。
かつては高級ショッピングモールだった場所だ。
天井から床まで、無数の鏡面パネル。
そこに映るのは、無限に増殖する光と、人影と、欲望。
今は違法興行のメッカ。
とくに有名なのが――ライブ処刑ショー。
生きたまま捕えた対象を、観客の目の前で解体する。
配信チップを通じて、痛覚や恐怖をリアルタイムで共有することもできる。
「……下品だよねえ」
ピピは控室で、武器ケースを開きながら呟いた。
「でも、嫌いじゃない」
今回の依頼は単純だ。
ショーの終盤に乱入し、もっと盛り上がる終わり方を演出する。
そのために、彼女は新しいおもちゃを用意してきた。
ケースの中に収められていたのは、一見すると奇妙な装置だった。
銃のようで、銃ではない。
中心にあるのは、丸い透明カプセル。
中には、脈打つように動く赤黒いゲル状物質。
「ふふ……」
ピピはそれを取り出し、愛おしそうに撫でた。
『スマイル・リコイル』
最新型の感情反射兵器だ。
撃ち込むのは弾丸ではない。
相手の神経に直接、感情の反動を叩き込む。
恐怖、怒り、絶望、後悔――それらを一瞬で圧縮し、跳ね返す。
「笑顔で撃つのが、コツなんだって」
ピピは楽しそうに言った。
ショーは、すでに始まっていた。
ミラーフロアの中央ステージ。
縛り付けられた男が一人、膝をついている。
元・ギャングの幹部らしい。
処刑人が、刃物を振り上げる。
観客の視線が、熱を帯びる。
「――やっほー!」
その瞬間、ピピがステージに飛び込んだ。
蛍光色のジャケットが、鏡面に反射して増殖する。
何十人、何百人ものピピが、同時に笑っているように見える。
「サプライズゲストでーす!」
一瞬の静寂。
次の瞬間、歓声。
「誰だ!?」
「あの笑顔……!」
「本物だ!」
処刑人が怒鳴る。
「邪魔をするな!」
「えー? 邪魔じゃないよ」
ピピは、首をかしげた。
「盛り上げに来たの」
彼女は一歩踏み込み、スマイル・リコイルを構えた。
引き金を引く。
反動が、走る。
処刑人の身体が跳ね上がり、次の瞬間、頭部が内側から膨張する。
――破裂。
血と脳漿が、鏡に叩きつけられ、無数の赤い花を咲かせる。
「うわあ……!」
観客の悲鳴と笑いが混ざる。
「今の、なに!?」
「もう一回!」
ピピは、くるりと一回転した。
「はーい! 次いくよー!」
警備兵が雪崩れ込んでくる。
重装備。
電磁シールド。
数は十を超える。
「いいねいいね、豪華だね!」
ピピは、鏡の床を滑るように走った。
反射。
反射。
どこに本体がいるのか、分からない。
「ちがっ――!」
警備兵の一人が、誤って仲間を撃ってしまう。
その隙に、ピピが背後からスマイル・リコイルを押し当てる。
発射。
男は絶叫した。
恐怖と後悔が一気に逆流し、身体が痙攣する。
次の瞬間、心臓が耐えきれずに停止。
倒れる。
「……ねえねえ」
ピピは、別の兵士に話しかける。
「自分が今まで殺した人、覚えてる?」
「……な、なにを――」
発射。
男は泣きながら崩れ落ちた。
生きているが、もう人ではない。
「これ、結構エコだよね」
ステージ中央では、縛られていた男が震えていた。
「た、助けてくれ……!」
ピピは近づき、しゃがみ込む。
「ねえ」
目線を合わせる。
「怖い?」
「ああ……」
「そっか」
ピピは、優しく頷いた。
「じゃあ、最高のエンディングにしよっか」
スマイル・リコイルを、彼の胸に当てる。
「カウントダウン、いる?」
「や、やめ――」
発射。
男の感情が爆ぜ、身体が弓なりに反る。
そして、静かに倒れた。
完全な沈黙。
次の瞬間。
大歓声。
拍手。
口笛。
ライブ配信用ドローンが飛び交い、再生回数が跳ね上がる。
「最高!」
「今の、最高!」
ピピは立ち上がり、深々とお辞儀をした。
控室に戻ると、ヨルが待っていた。
「やりすぎです!」
「えー? まだ試運転だよ?」
ピピは、スマイル・リコイルを肩に担ぐ。
「ねえ、ヨル」
「なんです」
「人が一番盛り上がる瞬間って、いつだと思う?」
ヨルは、答えられない。
ピピは、楽しそうに笑った。
「自分が壊れる直前だよ」
ミラーフロアを出ると、都市はいつも通り騒がしい。
ピピは歩きながら、武器ケースを軽く叩いた。
「次は、もっと大きいのいこっか」
今日も彼女は――
街を、少しだけ賑やかにした。
娯楽破壊屋ピピ 暗号云 @unxnovvn
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます