娯楽破壊屋ピピ
暗号云
第1話 娯楽破壊屋ピピ
この街は、笑っている。
それは比喩ではない。
巨大なホログラム看板に映し出される顔、通りに設置された簡易娯楽端末、ドラッグ売人の胸元で明滅する感情増幅インジケーター。どれもこれも、歯を剥き出しにして笑っている。
狂ったように、楽しそうに。
空はいつも白い。排煙と光害で塗り潰され、昼も夜も区別がつかない。だがこの街では、それが健全だった。暗いより明るい方がいい。死ぬなら、派手な方がいい。
ピピは、その思想を誰よりも体現している女だった。
年齢不詳。
身長は低め。
髪はショッキングピンク。自毛ではない。ナノ繊維製で、感情に応じて色調が微妙に変わる。今はやたらと明るい。
彼女の顔には、常に笑みが張り付いている。
頬の筋肉を切除し、義歯と義皮で笑顔を固定しているからだ。
「やっほー! 今日も最高の日だねえ!」
ピピは通りすがりの男に手を振った。
男は怯えたように視線を逸らす。
それを見て、ピピはさらに楽しそうに笑った。
ピピの職業は、
違法ショー、裏興行、デスレース、改造バトル。
そういった刺激に慣れすぎた観客たちのために、予想外の惨事を演出する専門家だ。
爆発。
乱入。
主役の殺害。
すべては、盛り上がりのため。
今日の仕事場は、第六高架下。
違法改造者たちによるストリートファイトが開催されている。
リングは簡素だ。
アスファルトの上に描かれた円。
周囲を囲む観客は二百人以上。皆、興奮剤で瞳孔が開いている。
ピピは観客席のど真ん中に座り、足をぶらぶらさせていた。
衣装は、蛍光イエローのジャケットに、過剰なほど短いショートパンツ。脚は義足で、表面に無数のステッカーが貼られている。『KILL♡』『HAPPY』『BOOM!!』
彼女の隣には、細身の青年がいた。
名はヨル。
元・神経工学者。今はピピ専属のサポーター。
「……本当に、ここでやるんですか」
「うん! 盛り上がってきたとこでドーン、だよ」
ヨルは胃の辺りを押さえた。
彼は未だに、血の匂いに慣れない。
リングでは、二人のファイターが殴り合っている。
一人は全身刃物。
もう一人は骨格増幅型。
観客の熱気が、空気を歪ませる。
「そろそろかなー」
ピピは立ち上がった。
彼女がリングに向かって歩き出した瞬間、誰も止めなかった。
止めるという発想が、なかった。
「はーい! ちょっと失礼しまーす!」
ピピは明るく叫び、リングに飛び込んだ。
次の瞬間、骨格増幅型のファイターが振り向き、拳を振るう。
しかし、ピピは避けない。
――ガンッという音。
拳は、ピピの額で止まっていた。
そこには、超高密度の透明装甲が埋め込まれている。
「痛っ! ……あ、ウソウソ、全然平気!」
ピピは笑い、至近距離で相手の顎を蹴り上げた。
義足から展開される刃。
下顎が吹き飛び、血と歯が宙を舞う。
観客が、一瞬、静まり返る。
次の瞬間。
歓声。
「なにあれ!」
「最高!」
「誰だよ!」
ピピは両手を広げ、くるりと回った。
「やっほー! サプライズゲストでーす!」
刃物ファイターが背後から斬りかかる。
ピピは振り向きざま、胸元のスイッチを押した。
炸裂弾。
ファイターの上半身が吹き飛んだ。
内臓と骨片が、観客席に降り注ぐ。
悲鳴。
笑い声。
嘔吐。
すべてが混ざり合う。
「ね? 盛り上がったでしょ?」
警備が動き出す。
銃を構えた男たちが、ピピを取り囲む。
「動くな!」
「えー、もう終わり?」
ピピは頬を膨らませた。
次の瞬間、彼女の背後で爆音。
高架の支柱が爆破され、照明が落ちる。
ヨルの仕業だ。
「逃げよっか!」
ピピは走り出す。
弾丸が飛ぶ。
彼女の背中に被弾。
肉が裂ける感触。
「うわ、やば! これ結構効く!」
それでも、笑っている。
彼女は振り返り、投擲物を放った。
キャンディの形をした爆弾。
着弾と同時に、周囲が火球に包まれる。
二人は路地を抜け、地下通路へ滑り込んだ。
ヨルは息を切らし、壁にもたれる。
「……あなた、死ぬ気なんですか」
「死ぬ時は派手がいいなーって思ってるだけ!」
ピピは自分の傷口を覗き込み、興味深そうに指で触った。
「ほら、人工血液の色、前より明るくない?」
ヨルは目を逸らした。
「……どうして、そんなに笑っていられるんです」
ピピは一瞬だけ、動きを止めた。
「だってさ」
彼女は、指で自分のこめかみを叩いた。
「ここ、もう半分焼けてるから。悲しいとか、怖いとか、長持ちしないんだよね」
それは、欠陥だった。
同時に、才能でもあった。
「でもね」
ピピは、ヨルの顔を覗き込む。
「その分、楽しいのは凄いよ? 一瞬で、爆発する感じ!」
彼女は、両手を広げた。
「生きてるって、最高でしょ?」
ヨルは、何も言えなかった。
地上では、また新しいショーが始まっている。
血と光と歓声。
狂気じみた明るさ。
ピピは、次の仕事の予定を確認しながら、鼻歌を歌った。
彼女は、今日も笑っている。
壊れるほどの笑顔で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます