ツノを突き合わせる議論

江藤ぴりか

ツノを突き合わせる議論

 陽が沈み、夜空が街を包む中、魔法の灯りが路地裏を照らしている。

 夜だというのに、リーベの街は相変わらず喧騒の中にあった。

 その中でもひときわ騒がしいのは、場末の酒場『グリフォンの尾亭』である。


「だーかーらぁ、女ってのは経験で磨かれるんだよ」

「何をいうんです。清純こそ至高、無垢こそ正義に決まっています」


 ヤギの獣人――サテュロスが営むその店には、なぜかツノのある客しか来ない。しかも、そのツノの大きさと形は、だいたい店の広さに見合っていなかった。


 さて、今宵の酒の肴は、どんな騒ぎになるのだろうか。


 酒精が漂う店内は、入っただけで酒の弱い者は酔ってしまうだろう。

 カウンター内には客の話に静かに頷く店主のボルド。

 その正面では、一本角のユニコーン人と二本角のバイコーン人が、すでに出来上がった調子でクダを巻いていた。

 カウンターの端では、ミノタウロス人が狭そうに体を縮め、隣のシカ人の枝角を邪魔そうに避けながら、ちびちびと酒をやっている。


「やれやれ、またいつもの……ですか」

 シカ人のエルウィンがボルドに話しかける。

「ええ、いつものです」

 ボルドも毎度の争いにもう慣れきっていた。

「心が清らかで、慎み深く、気高いながらもこちらを立てて、一歩引いて導いてくれる。そんな乙女が良いに決まってます」

 ユニコーン人のアルセインは胸のあたりで両手を組み、うっとりとした表情で語っている。

 肩のあたりでくくった金髪は、灯りで少しオレンジ色にも見える。

「ぶっはっは! 処女が誰しも清らかな心だと思うなよ。オレは人間の女の心を読めるが、年取った処女の心なんて焦りと嫉妬で燃えてんぜ」

 バイコーン人のグロウが食ってかかる。

 浅黒い肌と二本の立派なツノは、傍目はためでは悪魔族と見まごうほどの、迫力のある美男子だった。


「何を言うのですか、グロウ。あなたは修道女の心を知らないのですね。あれは素晴らしいですよ。特に貴族の出身のお嬢様は、改心してそれはもう慎ましやかに、かつ品のある佇まいです」

 金髪をなびかせ、理想を語るアルセイン。

 グロウはこれまた豪快に笑い飛ばした。

「へー、理想が高うございますね、ユニコーンってのは。オレは断然、酒が呑めてよく笑う……なんだ、ギャルってのに惹かれるね。化粧で武装してるが、オレの前では弱音を吐いてくれるとこもポイント高い!」


 ミノタウロス人のドガンが、店主に質問する。

「ぎゃる、ってのはなんだ?」

「ああ、このほど異世界からやってきた勇者の世界の言葉らしいですよ。派手な化粧をし、一人称は『あーし』が基本で、勝ち気な人間の娘さんだそうです」

 ツノコミニュティにも浸透するくらいには、勇者の文化が知れ渡っているようだ。


「それを言うなら僕は断然、モブ女子というのに惹かれますね。一歩引いていて目立たず、他人との衝突を避け、平穏に暮らす。僕の価値観と合いそうです」

 エルウィンのツノが、ドガンの頭に刺さりそうなくらい、詰めてくる。

 大きなミノタウロス人はタジタジになっていた。

「キミは仲裁役じゃなかったかい? というかツノが目に刺さりそうなんだが……」

「ああ、そろそろ角切りの季節でしたね。すみません、今日は我慢して下さい」

 ツノ振り合うも他生たしょうの縁、というのは暗黙の了解だった。


「ヒッヒッヒ、それならオイラはメスガキがいいな! 屈服させて、泣き顔を拝みたい。グロウも好きだろ?」

 インプのピクスが参加する。


 カウンターの上を見ると、小さな悪魔種のインプとカタツムリ人が陣取っていて、面白半分にその様子を眺めては、ときどき口を挟んでいた。

「んんー、ボクはーヌルヌルしても、怒らない子ならー、いいなー」

 カタツムリ人のヌルムの感性は一線を画していた。

「てめぇはなんでここに参加できると思ってるんだ?」

 バイコーン人がツッコむ。

「ここは『ツノ』のある皆さんにお酒を提供する店です。当然、カタツムリの『ツノ』も含まれますよ」

 店主のボルドが解説する。

 しかし、店内は少しトーンダウンした。


 この店では、このメンツがいつも同じ議論をしている。


「だいたいよぉ、アルセインは理想が高すぎるんだよ! 深窓の令嬢のような気高さに修道女のような清廉さ……そんな女いねーって。マスター、おかわり!」

 空になったグラスに麦酒を注ぎ、酒をあおるグロウ。

 一方、アルセインはぶどう酒をひとくちテイスティングし、反論する。

「いいですか。本を好み、黒髪ストレートの髪を風になびかせ、窓辺に佇むメガネの娘。ふと読書に疲れ、メガネを外すと美しいハシバミ色の瞳が見える。……このような少女に私は声をかけるのです」

 ユニコーン人はひと呼吸置く。

「『なにをお読みになられているのですか?』と。そうすると、恥ずかしそうに古い詩集の本を私に掲げ、こう言うのです。『エーレの詩集です』と!」

 エーレの詩集とは、古くから身分を問わず愛されてきた、女性作家による詩集である。


「はぁー、お硬い一本角さんは相変わらずだな!」

 ピクスがクダを巻く。

「古臭い本より時代は魔導画配信だろ! 現界げんかいの情報と娯楽が盛り沢山だし、冒険者のダンジョン配信、ちょっとエッチな配信まで見放題だぜ。魔界でも覇権コンテンツになるね」

 ダンジョン配信というコンテンツは、異世界の勇者よりもたらされた文化だ。

「天界は相変わらず遅れてるねー」

 アルセインの血管の切れる音がした気がした。

「この魔界の犬め、汚らわしい! 貴様の意見など、聞いてないわ!」

「まぁまぁ、落ち着いて。ここは現界の酒場なんですから、種族は関係ないですよ」

 シカ人のエルウィンが割って入る。

 しかし、天界の者と魔界の者。両者の睨み合いはしばらく続いた。


「……ま、オレも魔界のモンだけどな? カタツムリとかいる時点で察しろよ」

 グロウが頭を掻きつつ、仲裁に入った。

「それに女なんてデカい胸さえついてりゃ、オレは喜んでしゃぶりつくすね」

 その言葉にアルセインとエルウィンが反応する。

「これだから外見主義者は。胸は薄い方が清楚で慎ましいに決まっています」

 丁寧に磨いた一本角が照明で輝く。

「そうですよ。女性というのはたいてい慎ましい胸なのですから、少数派です」

 大きく頷く枝角がミノタウロス人の目にクリーンヒットした。

 ボルドは静かに乾いた布をドガンに差し出す。


「……いたた、ちょっと冷静になってくれ」

 渡された布で、目元を押さえ、痛みを堪える。

「そーだよぉ。ここ、狭いんだからもーちょっと気を遣おうよー」

 対角位置にいるヌルムも、ドガンを心配そうに見つめていた。


「で、結局あなた達は独り身でしょう?」

「…………」

「…………」

 ボルドの核心を突くひと言に、店内は押し黙っていた。

「……マスター、それを言っちゃあ、ロマンがないぜ」

「そうですとも。ぶどう酒のおかわりを」

 グロウもアルセインも誤魔化すように、空になったグラスを差し出す。


「胸なんてのは子どもができりゃ、大きくなるもんじゃないか」

 今まで静観していた巨体が口を開く。

「オレが言ってるのは、ビフォーの話だ。豊かな胸に男は顔をうずめたいもんだろ」

 机に拳を叩き、熱弁するバイコーン人。

 その言葉を待ってましたとばかりに、ピクスがちゃちゃを入れた。

「てか、アンタ、童貞だろ? 快楽を知らない童貞の言葉なんて、説得力ないよ」

「ああ? テメーもだろうがよ!」

 赤くなった頬がおでこまで染まり、二本のツノに湯気が立つ。

「キッシッシ、マスター以外、清い体なんてお笑い草だよなぁ!」

 インプは意に返さず、グロウをあおる。


「だからこそ、男同士で理想と現実をめていくのですよ」

 今度はアルセインがグロウを擁護する。

「おい、ユニコーン人! ホントは小さな胸を自分で育てて……なんて考えてないよな? いくらオイラたちが揉んでも、胸は大きくならないらしいぜ?」

 ピクスの言葉に清純派が動揺する。

「なっ……! 古くからの言い伝えが嘘であると? 根拠はあるのですか? あなたの体が小さいからじゃないんですか?」

 シカ人のエルウィンも興味津々だ。

「やっぱり思ってたんだな。根拠は魔界の連中さ。淫魔のやつが嘆いていたぜ。『人間の娘は長い年月営みを交えても大きくならない』ってな」

 店内に衝撃が走った。


 酒をませた布を静かに摂取するヌルム。

「人間のあいだでは通説だけどー、ヌメヌメしたらもしかするとぉ……」

「いえ、あの通説はリンパ腺を刺激し、ホルモンの分泌を促すことによって大きくなるというのが元になっているので、カタツムリさんにはできない芸当でしょう」

 アルセインが解説する。

「ええー! そぉなのー?」

「なんでユニコーンが詳しいんですか……」

 店主のボルドがあごひげを触る。


 ボルドは横一線の瞳孔を店内全体に向ける。

 理想を語るアルセインとエルウィン。

 俗物的だが現実を見ているグロウとピクス。

 狭そうに酒をやるドガン。

 マイペースなヌルム。

 みな、ツノの種類や体の大きさも違えど、人間の娘についてこうして語り合っている。


「……みなさん」

 カウンターの内側で、ボルドがグラスを磨きながら呟く。

「そもそも、この店に来るお客さん、人間種はめったに来ませんよ」

 しん、と静まり返る店内。

 アルセインとグロウは、ゆっくりと互いの顔を見た。

 それから、自分のツノを触った。

「…………」

「…………」

 最初にグラスを傾けたのは、ドガンだった。

「……まぁ、酒はうまい」


 今宵も『グリフォンの尾亭』では、結論の出ない議論だけが積み上がっていくのだった。

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ツノを突き合わせる議論 江藤ぴりか @pirika2525

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