第2話

新城直の不調に関して、別の人間も保健室へと入室。

その姿を確認するや否や、表情を蒼褪める新城直。


「新城くん、大丈夫?」


相手の顔を認識すると共に、新城直は気分が悪そうにする。

白銀の髪を首元までに整えた、長身痩躯の女性だ。

新城直にとっての後見人でもある彼女は、信濃型クローンである信濃シリウスと呼ばれる女性であった。

他のクローンとは違い、信濃シリウスは異国の血が混ざる複合遺伝子によって生成されたバイオキメラであり、その遺伝子がクローンとして遺伝子保存されている。


この石山中等学校の教師を務めており、数少ないパイロット適性を持つ生徒に対しての訓練を担当していた。


「肉体の動きが少し悪そうね、何かあったの?」


保健室へとやって来る信濃シリウスに、新城直の脳裏に過る前回の死。

彼女のお陰で、新城直はパイロットとして申し分ない一流の戦闘を発揮する事が出来たが、あの凄惨な死に繋がるものを見ると、新城直の身震いは止まらなくなっていた。


そんな新城直の姿に、桃山純恋は彼の動向にいち早く察知した。

信濃シリウスが接近すると共に、段々と新城直の表情が曇っていくのだ。


(なおちゃんが、怖がってる?……信濃先生に何か、されたの?わかんない、けど……なおちゃんが嫌がってるのはダメ)


新城直の隣に立つ桃山純恋は、新城直が信濃シリウスを見ない様に頭部を抱き締める。

彼女の豊満な胸は中学生にしては大きく、男子生徒の中でも話題に挙がる程の巨乳であった。

思春期に入り、女性ホルモンの分泌により、他の生徒よりも魅力的なプロポーションへと変化をした桃山純恋は、母親の様な包容力で、新城直に対する保護欲が発生していた。


「あ、あの、なおちゃん、いえ、直くんは今、凄い調子が悪いんです、また後で、いえ、今日はもう、直くんとの接触は、控えて下さい」


緊張しながらも、きちんと自分の意見を口にする桃山純恋。

唐突な拒絶の言葉には、当然相手も良い気分はしないものだった。

それでも、新城直の何時もと様子の違う様から、事実である事も否めない。

信濃シリウスは溜息を吐くと共に踵を返した。


「ごめんなさい、なら、また後日、様子を確認しにくるわ……新城くん、またね」


案外素直にその場から撤退する信濃シリウスに、肩を張っていた桃山純恋は緊張を解くと共に重苦しい吐息を漏らした。


「は、ぁぁ……き、緊張した」


彼女の手は緊迫のあまりに強張っていた。


「む、ごぁ」


それによって、桃山純恋の胸の中で強く抱き締められていた新城直は呼吸が出来なくて苦しそうにしている。

洗剤の香りがする衣服に、桃山純恋の暖かな体温と女性特有の柔肌が相まって、苦しいが決して悪い気はしないものだった。


「あ、ごめんね、なおちゃん」


桃山純恋は手を離すと新城直の顔を見た。

頬を赤くしている新城直は、新鮮な空気を吸い込むと共に涙目を浮かべていた。


「に、臭った?……ちょっと、脂っぽかったかも……」


桃山純恋も意中の相手に対して行った行為に恥ずかしさを覚える。

顔面を赤くしながら、桃山純恋は指を折り重ねる様にしてモジモジと身をくねらせた。

中華料理店で住み込みをする彼女は、やはり料理の匂いが衣服に付着するのが悩みのタネであった。

何とか消臭をしてはいるが、それでも、既に慣れた臭いは自分では分からないものだ。

他人からの評価などは気にしないが、それでもニオイに関しては人一倍気になっている。


彼女の赤面を見ながら、新城直は懐かしさを覚えた。


(そういえば、純恋は、ニオイに対して敏感だったな、前に美味そうなニオイと言ったら、涙目になって拒絶されたっけ……)


一週間程、口を利いて貰えず、当時の新城直は何が原因であるのか分からなかった。

だが、現在よりも長く生きた経験がある新城直には、その言葉が原因である事を察した。

その時の小さな後悔が積み重なっている新城直は、それを解消する様に、彼女に告げる。


「俺は……純恋の匂いが好きだよ、安心するし、落ち着く」


あの時言えなかった事。

思春期特有の気恥ずかしさで口にする事が出来なかった言葉。

それを今、ようやく口にする事が出来て、新城直は胸のつかえが取れた気がした。


「ぇ」


耳元まで赤くする桃山純恋は、最早告白を受けたかの様な衝撃を感じていた。

育成センターでは小さい頃から一緒に居た新城直に、よく抱き着いていた記憶を思い出す。


(あの時から、私の匂いが好きだったの?いや、私が抱き着いていたから、小さい頃から、そのニオイが染み付いて、なんと言うか、カッコウの卵みたいな刷り込みが起きちゃったの?)


桃山純恋は混乱していた。


(……毎日、嗅がせてほしいってこと?!)


其処まで新城直は思っていない。

けれど、弱り切った状態に陥った新城直が彼女に対して告白をしたと言う事は、そう捉えられて仕方が無い事では無いのかと、少なくとも桃山純恋は思った。


「……ま、毎日は、流石に」


異臭を放つ日もあるかも知れない。

そんな日に好きな人から匂いを嗅がれれば、その場で首を括るかも知れない。

出来る事ならば、良い香りがする日に嗅いで来てほしいと願う。


(と、巴ちゃんたちに毎日チェックして貰わないと)


友人にさりげなく抱き着いて匂いに関するチェックを毎日心がける事にした桃山純恋。

少なくとも本日は「美味しそうな匂い」とは言われてない為に、恐らくは嗅がれても大丈夫だと、桃山純恋はそう認識した。


「け、けど、今日は、良いよ」


両手を広げて、新城直に身体を預けようとする。

彼女の急な行動に対して、新城直は困惑していた。


(な、なんだ……なんで手を広げて、抱き締めようとしているんだ?)


彼女の心中にどのような思考が廻ったのかまるで分からない新城直。

けれど、此処で抱き締めないと言う選択を取る事は、勇気を出して手を伸ばしてくれる彼女にとって悪い事だと思った彼は、彼女に向けて体を差し向ける。


「んっ」


両手が桃山純恋の背中に回される。

彼女の豊満な胸部が彼の厚い胸板で押し潰される感触を覚えながら、新城直は桃山純恋を抱き締めた。


(力は、このくらいか?……柔らかいな、強く抱き締めたら、潰してしまいそうだ)


心中ではその様な心配をする新城直。


(え、だ、抱き締められて、る?……あれぇ?ニオイを吸うんじゃないの?あれ、あれぇ!?)


抱擁をされる桃山純恋は頭から煙が出そうだった。

自分の想像した行為では無かったが、しかし……幸福を感じる事に悪い気はしなかった。

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死んだらループする人型兵器を操るパイロット、死んだらトラウマで病んだらヒロインが過保護になってくれるファンタジー 三流木青二斎無一門 @itisyou

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