5話:「彼女の涙と願いは、プライスレス」

 俺はニャルムに連れられ、村の中に足を踏み入れる。

どの家もボロボロの木造でスラムのような様相。

軒先には獣の革などが干されており、狩りで生計を得ているのか。


 生臭い匂いが辺りを漂う。


 ときおり、すれ違う獣人からジロジロと見られるが、こんな場所に人間は珍しいのだろう。

ニャルムが元気そうに挨拶をすると笑顔が返ってくるので、彼女は可愛がられているようだ。


 ニャルムの家は村の外れにあり、この村にあるどの家よりも大きく見える。

彼女が建付けの悪いドアを開けると、淀んだ空気が鼻を突いた。


「ユウトは中に入って、ちょっと待っててね!」


 トトトッと奥の部屋に向かう。

リビングはそこそこ広さがあり、奥にキッチンが見えるのと、古びた木のテーブルにイスが4脚。

家具らしい家具があまりなく、質素な空間だ。


 イスに座ると一息ついた。


 もともと体力がないから、1時間も歩くと疲れるな……。

ニャルムは俺に気を使い、ときどき休んでは、ゆっくりと歩いてくれた。


レベルの概念があるということは、レベルアップすると体力や力がつくのだろうか?

あまり運動をしてこなかったからピンとこないが。


「ユウト、お母さんが入って良いって!」

「分かった」


 顔をひょっこりと覗かせてニャルムが言うと、器用に耳で手招き?した。

そんな使い方もできるのか。


 俺が部屋に入ると、ベッドの上で、猫族の女性が身体を起こして座っていた。

ニャルムと違って、髪や耳やシッポの色が薄金色ではなく、灰色だ。

頬がこけて、手足も痩せて細い。


 目の下のクマが酷く、時折ケホケホとせきをしている。


「じゃあお母さん、私薬草を作ってくるから、ちょっと待っててね~」

「ありがとうね……」


 俺はベッドの脇にあるイスに腰をかけた。

何かの病気なのだろうか。

年齢は30歳ぐらいに見えて、母親としては若く見える。


「初めまして、ニャルムの親です……」

「ああ、初めまして……俺はユウトだ。この家に泊めてもらうことになったが良いのか?」

「それがあの子の決めたことなら、良いのです……」


 気まずい沈黙が流れる。

初対面の、しかも人間の俺に不安はないのだろうか。

この女性を見ていると、色々なことを諦めたような気配を感じてしまう。

生きる気力や意志が瞳から消えている、というべきか。


「できたよっ!」


 ニャルムが皿に薬草をすり潰したものを持ってくると、母親はそれを受け取った。

力なくスプーンで、一すくいずつ、ゆっくりと口に入れていく。

ニャルムはその姿を目を細めて見つめていた。


「じゃあ私たちは晩御飯を作ってくるから」

「俺も手伝うのか?」

「当たり前だよ。タダで泊めてあげるんだからっ」


 イタズラっぽい表情で、ニャルムは俺に、ニャヒッ! と笑った。


 台所に行くと、今日買った食材が置かれている。


「俺、料理なんかやったことがないが、どうしたらいいんだ?」

「そうだと思った。ユウトって手も綺麗だから、どこかの国の貴族様なの?」

「いや、ただのニートの廃ゲーマーだ」

「また変な言葉使って……。時々ユウトの言ってること分からないんだよなぁ。とりあえずこれ洗って」


 そう言うと彼女は、緑色をした謎の野菜を渡した。

ギザギザで☆の形をしている。


 蛇口から水の出し方が分からず困惑していると。


「ここに触れると魔力に反応するから」


 ニャルムが埋め込まれた魔石のような部分に手をかざすと、水が出てきた。

やはり科学ではなく、魔法で発展した世界だと強く認識をする。

チャージしていない『MP:0』の状態では、俺は日常生活もままならないのか……。


 変な野菜を洗っているとき、ニャルムが話しかけてきた。


「お母さんね、私のせいで病気になっちゃったんだ……」

「なにがあった?」

「うちはお金がないから、身体が弱いのに頑張って稼ごうとして、森で魔物に襲われて……。なんとか逃げることはできたけど、毒が全身を回っていて……」

「解毒はできなかったのか?」

「村のみんなにお願いして、なんとかお金を集めて解毒薬を買ったんだけど、時間がたち過ぎたから後遺症こういしょうが残ったみたい……」


 貧しさは、こういう問題も生んでしまう。

俺は金が全てとは思わない。

だが、金で解決できる問題があるなら、やはり金は必要だ。


 料理が出来た後、リビングに母親が来て3人で食べた。

味の薄い謎野菜のスープ、硬すぎる黒パン、干し肉。

食事をしながらニャルムにこの世界のことを色々聞くことができた。


 思っている以上に種族や国同士の対立が激しく、貧富の差が多い。

ゲームではそういう生々しさは感じられなかったが、そこで生きる人々のリアルがあった。



◆ ◇ ◆



 食べ終えて、案内された部屋のベッドで横になりながら、俺はずっと考えていた。


(あの二人は、俺の境遇と似ている……)


 俺が生まれた頃は家も裕福だった。

父は大きな会社を経営して、うまくいっていた。

その頃の写真を見ると家も立派で、母もキラキラと輝いていた。


 父が会社を潰して失踪してから全てが狂った。

働いたこともなく身体の弱い母は、精神的な問題から寝たきりに。

小学生だった妹は本やオモチャどころか衣服も買ってもらえず、ボロボロの格好で暗い顔をして学校に通っていた。


 ニャルムは妹の姿に、その親は俺の母に、どうしても重なってしまう……。

大きく違うのは、ニャルムの側に救いになる存在がいなかったことだ。


 ――しかし、今は俺がいる。


 知ってしまった。

話してしまった。

一緒に食事をして笑い合った。


 レグルスファンタジアでは、この村は滅びた後しか出てこない。

名前すら存在しなかった。

だがここには確実に人が生きている。


 ゲームでは、複数のオーガが現れて村を襲う。

冒険者ギルドに緊急クエストが出て、主人公プレイヤーが駆けつけるが、村は崩壊状態だった。


(もしニャルムが村にいたとしたら、その時、彼女は死んでいたのだろうか……)


 他の冒険者たちと協力してオーガを討伐していくが、ボスとして災害級オーガが現れる。

手も足も出ず、次々と倒されていく冒険者。

何故なら災害級とは、SSSクラスの冒険者である勇者にしか倒せないほど、強い。


 そしてレグルスファンタジアでは、勇者は7人しかいない。

彼らは7勇と呼ばれ、各国に散らばっている。

イベントで災害級のモンスターが現れるたび、大きな被害が発生して、遅れて勇者がやってきて解決をする。


 ゲームのときは何も意識していなかったが、この世界の住人にとっては、クソみたいなシステムだ。


 この村が滅びる時でも、災害級オーガと主人公プレイヤーが戦い、『HP:0』にされた時点で勇者が救済する。

それが勇者との初めての出会い。

後に様々なイベントを通して、7勇がそれぞれ仲間になったりして、魔王を滅ぼす。


(このままではニャルムは、村ごと消されてしまう……)


 俺がどうすれば良いのか悩んでいるときだった。


――トン、トン。


 ドアを叩く音がした。


「ユウト……起きてる?」

「ああ」


 ドアを開けると、さっきまでのワンピースとは違う服装でニャルムが立っている。

パジャマなのか、色褪せた灰色のTシャツに、短いショートパンツ。

頭には同じ布で作ったのか、先端にポンポンが付いている三角のナイトキャップを被っていて、片方の猫耳だけが出ていて、それもまた可愛い。


「ちょっとだけお話、良いかな?」

「大丈夫だ」


 トトッと彼女は軽快に歩いて、さっきまで俺が転がっていたベッドの端に座った。

俺もその隣で座って、彼女を見たとき。


 ――なぜだか妙に緊張してきた。


 昼間は分からなかったが、意外と胸が大きく、目のやり場に困る。

短すぎるショートパンツだから、透き通るような白い太ももが見えすぎている。


(15歳の女の子だぞ……。妹とそんなに変わらないじゃないか)


 俺は目を逸らし、窓の外から月を眺めた。

端にはアルテア大森林の木々が揺れている。


「ねえ、ユウト……。私の家を見て、幻滅した?」

「なぜだ?」

「こんなにボロボロで、貧乏で……」

「ハッ。俺の子供の頃は、家はもっと小さくて、ボロかったぞ」


 小学生の頃は2部屋しかなく、3人で雑魚寝をしていたからな。

飯だって、カップラーメンばかり食べていた。


「私、ずっと悩んでいたの……。このままお母さんが、死んじゃうって……」


 彼女の小さい肩が、小刻みに震える。

琥珀色の瞳が潤んでいる。


「お金がね……。お金があればお母さんは元気になるの。教会にたくさん寄付をして、上級の聖魔法をかけてもらったら、きっと良くなるの。だけど……だけど……」


 ニャルムの頬から、ポロポロと、雫が落ちる。

それは月の光に照らされて、美しい虹色に見えた。


「私じゃ……お金を稼げないの……。毎日生活するだけで、薬草を買うだけでやっとのお金しか、もらえないの……。頑張ってるのに、このままじゃ、お母さんがぁ……」


 俺は、どのような言葉を言えばいいのか、分からなかった。

いくら金を稼げても、こんな時に何もできない俺は、本当に無力だと感じる。


 彼女は手のひらで涙をぬぐって、俺に真っ直ぐな視線を向けた。

俺も視線を返す。


「泣いちゃって、ごめんね……。だけどユウトと出会って、お金を稼いだのを見たとき、私の世界が変わったの! こんな稼ぎ方があるんだって! だから、お願い、ユウト! 私にお金の稼ぎ方を教えてください! どうか……私に……お母さんを助けさせてください!」


 またボロボロと大粒の涙を落としながら、嗚咽おえつを出しながら、それでも彼女は強い目で俺を見ている。


 ――俺は、彼女の頭に、ポフッと手を置いた。


「とびっきりの、Gold Rushゴールド・ラッシュを起こして、大金が跳ねる瞬間を見せてやる」

「また、不思議な言葉を使うんだ」


 彼女は、ニャフッと微笑んで言った。


「ユウトって、ずっと難しい目をしてて、あまり表情が変わらないよね」

「まぁな……。目つきが悪いのは自覚している」

「でもね、今……。初めて、私に微笑んでくれたのを見た」


 彼女はベッドから立ち上がる。

背中まで伸びた長い髪が、フワリと揺れて、月に照らされ金色に光る。


「ユウトは、やっぱり、優しい人なんだね」


 そう言ってニャルムが部屋を出ようとしたときに、俺は尋ねた。


「今日の日付を教えてもらっていいか?」

「えっと……今日は、聖暦せいれき462年の、4月1日だよ?」


 ――嘘だろ……?


 その答えに、俺の顔面は凍り付いた。


 再び部屋で一人になると、頭を抱えてしまう。

このゲームには日時が大きな役割を持っており、市場の相場がイベントで変化をするため、俺はほぼ記憶していた。


 4月10日だ……。

その日に、イベントが起きる。


(災害級モンスターが襲撃するまで……。残された時間は、今日を含めて、あと……)



 ――10日。



 10日後に、災害級オーガによってこの村は滅ぼされる。

今日ルーメン石の希少が高値で売れたのも、灰銀の洞窟がダンジョン化して、オーガが大量に出たからだった。


 ――俺が何もしなければ、ニャルムも、母親も、全員死ぬかもしれない。


 だが俺は勇者じゃない。

レベル1で、リスクを背負ってやるようなことじゃない。


(くそっ……どうすればいい……!)


 村の猫族たちに、オーガが暴れると言って触れまわるか?

ダメだ……。

よそ者の人間の言葉なんか信じる訳がない。


 ニャルムだけに話して、母親と避難をさせる……?

あの病弱な親を連れ出すには、よほどの説得力のある材料が必要だ。


 俺にできること……俺にできること……俺にできること……。



-------


『私にお金の稼ぎ方を教えてくださいっ!』


-------


 ニャルムが涙を流して、必死に伝えた言葉を思い出す。



 ――金だ。



 ハッ! と笑いがこぼれる。


 俺が一番得意な、金稼ぎをすれば良い。


 例えば村人に一人ずつ10万G渡して、何か別の場所でイベントをでっち上げて、参加してもらえば良い。



 ――滅びの日に、村人がいなければ、誰も死ぬことはない。



 ニャルムに聞いた話だと、この村の猫族は30人前後。

ざっと見積もっても300万Gあれば救える命だ。


 制限時間は、あと10日。


 ――300万G。


さあ、どうする俺……。


 ――Make Moneyメイク・マネー、するか?





=======


『明細』


無し


『主人公の所持金』


現金:7500G

借金:0G

MP:0


(チーン)


ニャルムの村を救うための目標金額:3000000G(残り10日)


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2026年1月12日 12:07
2026年1月12日 12:07

0円から成り上がる異世界転移。魔導商人になった俺が、稼いだ金を魔力に変えてゲーム世界を改変し、猫族の美少女を救う。 サバ寿司@「カクヨム金のたまご」GET! @sunafukin77

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