ステータス・オープン

 ネット小説なんかに没頭してた当時の自分と比較すれば、現在絶賛お休み中とはいえ、流石に今の自分の方がはるかに有意義な人生を送っている。


 過去より現在の方がまし、というその事実だけで今の自分を肯定できる。


 あまり褒められた肯定の仕方ではないが、今の自分にはそんなほの暗い肯定が必要なフェーズなのだ──



 ──そう思っていたのに。



「くそっ……なんで……なんで面白いんだよっ!!!」



 物語のページをスクロールする手が止められない。

 過去の俺が書いた与太話が、思いのほか面白い──というかめちゃくちゃ面白い。

 自分が面白いと思ったものを書いているのだから、そもそも自分の好みド真ん中確定なわけだが──決してそれだけではない。


 俺の書いた物語はお世辞にも文章力があるとはいい難く、訳の分からない表現もたくさんある。


 だが──そこには今の俺にはない確かな熱量がある。


 ……なんであんなに必死にネット小説に打ち込んでいたのか、今では本当に理解できない。

 でも、液晶に映される無機質な文字から伝わってくる熱が、いちいち俺の心を揺さぶってくる。


 その熱は、当時は当たり前のように持ち合わせていて──いつの間にか俺が失ってしまったもの。


 正直今の自分にはあまりに眩しすぎて、今すぐPCを閉じてしまいたい。


 それでも自分の中のプライドめいた何かが、自分が能動的に過去の自分から逃げることを許さない。


 そうやって読み進めていくその度に、かつての俺が紡いだ物語と溢れる謎の熱量の全てがことごとく今の俺に突き刺さる。

 ここ数週間、いやそれよりずっとずっと前から無気力だった自分の心を、ただ乱暴で無遠慮に刺激してくる──



「………………っ」


 そして物語を読み終えた時──



「……なんかむかつくわお前!!」



 思わず叫ばずにはいられない。


 なんだか釈然としない気持ちがふつふつと湧き上がってきた。

 過去の自分が延々、それも一方的に講釈を垂れているように思えた。


 なんだこの……形容し難い敗北感。


 格下から不慮の重い一撃をくらったような、とても歯痒くて悔しい。

 とにかく悔しい。

 なぜか悔しい。



「くそっ……お前偉そうに……!」


 Webサイト上の小説のあらすじのところに


 =====

 ◆コメディ月間1位感謝◆

 =====


 という文言が添えられている。


 過去の自分が見栄を張った嘘かと思ったが、なろう上の評価を見るに……どうやら事実のようだ。



「いや、流石にこいつに負けてない……絶対。うん、負けてはない。全然羨ましくもない」


 過去の自分と張り合っても無意味で不毛なことはわかってる。

 そりゃ当然わかってる。わかってる。わかってるけどさあ……!


 それでも何故か──こいつに負けているということだけは絶対に認めたくない。


 なぜ認められないかは上手く言葉にできない。

 そもそもなんで過去の自分に敗北感を感じているのかすら……正直よくわからない。



 なにかいい手はないだろうか?



 ……そういえば。


 俺が投稿してたサイトってなろうだけじゃなかったはずだ。

 たしか……カクヨムでも投稿してた記憶がある。


 ノートPCでカクヨムにアクセスしてみる。


「……やっぱそうだ。こっちだと全然駄目だったんだよな」


 なろうではジャンル別1位を取ったものの、カクヨムでは通用せず早々にカクヨム版は話を畳んだ記憶がある。



 ってことは──1



 そうか。それだ。いやそれしかねえ。絶対そうに決まってるわ。


 タイミングよくカクヨムコンという年1の大きなコンテストが開催中だし、ついでにこのてっぺんをぶち抜いてやんよ。



 ネット小説を、もう一回、書くんだ。




 ……今の自分が明らかに支離滅裂な思考をしているのは重々承知してる。


 でも今は冷静になるべきじゃない!

 単調な日々の中でようやく灯ったこの小さな火を大事にしよう!

 この高鳴りもどうせ長続きしないことぐらいわかってんだから!



 そうだ。書こう。


 書くんだ。とにかく。心の赴くままに。


 かつて引き返した道の先へ。


 ジャンルはもちろんコメディ。


 頭空っぽにして、バカになって書くしかねえ!


 とにかくテンション上げて前向きに楽しんでいこう!!




 ◇




 2023/12/20



 敵を知り己を知れば百戦あやうからず


 ということわざをご存知だろうか?


 このことわざの意味は、敵と己の両者を知ることで百戦練磨となり、幾たびの戦場を越えて不敗であり、ただ一度の敗走もなく、ただ一度の勝利もなし。


 つまりUnlimited blade works. この体は無限の剣で出来ていたという意味だ。



 ……コメディ作家としてのリハビリはまだしばらくかかりそうだ。


 気を取り直して、敵を知り己を知れば百戦危うからず。

 敵とは過去の俺であり、己とは今の俺のこと。


 つまりこの戦いは──自分自身との戦いだ。


 まずここで、過去の俺のステータス・オープン。


 ──────────

 izumi(Lv.20)

 体力

【称号】

 初陣の奇跡ビギナーズ・ラック

 理屈なき栄光ノーリーズン・グローリー

【スキル】

 運命の誤射ビギナーズ・ショット

 無知ゆえの無謀チュートリアル・ブレイカー

【詳細】

 大学の学習スペースで皆が真剣にレポートを書いたり勉強をしている中、澄ました顔でネット小説を書いていた。

 なにかの間違いと時の運でなろうでコメディ1位を取る。

 ──────────


 対する今の俺のステータス・オープン。


 ──────────

 izumi(Lv.25)

【称号】

 仕事中毒ワーカーホリック

 三徹の信徒トリプルオール


【スキル】

 勤怠改竄タイム・マジック

 連休幻影ゴールデン・ファントム

 深夜残響ミッドナイト・オーバー


【詳細】

 若さを全面に押し出したスタイルでエンジニアとして奮闘中。

 ワーク・ライフ・バランスは死なない程度にワークとライフのバランスを取れば良いと思っていた。

 ──────────


 書き出してみるとこんなところだろうか。

 ……かつての勘が戻ってきた気がする。



 兎にも角にも、まずは物語を書かなければ何も始まらない。

 コメディ作家としてのセンスを取り戻せれば、確実に過去の俺を超える結果を手に入れられるはずだ。

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