第2話 姫様、誘拐します。冒険に行きましょう!

 俺のモフモフ生活が、何日か続いたある日。

「王宮の人の会話に耳をすましてみろ」

化物の言葉が、頭の片隅に引っかかったまま、俺は食料倉庫へ向かって歩いていた。


 ……とはいえ、意識して聞こうとすると、

逆に何も聞こえてこないもんだな。


 そんなことを考えていると、コツ、コツと、杖の音。

前から、姫様が歩いてきていた。


 やばい。今はペットじゃないぞ。

存在がバレないように、そっとすれ違おうと――

「ごきげんよう」

やわらかい声が、俺に向けられた。


「……ごきげんよう」

声色を変えて、俺も挨拶を返す。

理由は分からない。

なのに、なぜか胸の奥が、ちくっと痛んだ。


 俺はそのまま、食料倉庫の方へ歩き出す。

そのとき。

「へっ、俺たちは仕事なのに、目も見えねぇ役立たずが、今日もご機嫌なお散歩かよ」


 低い声が、聞こえた。

振り向かずにチラッと見ると、兵士が二人いるらしい。

どうやら、俺には気づいていないようだ。


「おいおい、一応、第8王女だ、あんま言ってやるなよ」


「は? いいだろ。皆そう言ってる。王様も王妃も、目が見えねぇ役立たずは王家の恥扱いだしな」


「確かにそうだなぁ。……まぁ、器姫うつわひめだ。仕方ない」


「そうそう。歩く器様ってやつだな」

二人は、くくっと笑い合っていた。


* * *


「……器姫って、なんだよ?」

ペット部屋で、化物の口にジャガイモを押し込みながら聞く。


「おや、聞いたんだね」

化物は、少しだけ目を伏せてから言った。

「姫様は目が見えないから、王族の中では役立たず扱いさ。でも血筋だけは立派だから、次の代を作る役には使える。つまり……子どもを産むためだけの、器ってわけだ」


「……マジかよ」

思わず、声が低くなる。


「誰からも期待されてないし、自分は必要とされてない。だから毎日、自分でつくったデイリーミッションをこなしてる。あれが、姫様の生きがいなんだ」


 化物は、少しだけ笑って付け足した。

「どうだい。誘拐ゆうかいしたくなったろう?」

「するかよ! かわいそうとは思うけどな!」


 誘拐してどうするんだ。

俺はただの詐欺師だぞ。外で生き延びられる保証なんて、どこにもない。


「なあ……お前さ」

ふと、疑問が浮かんで口に出た。

「なんで、そこまで姫様に肩入れするんだよ」


「姫様はね、こんな見た目の僕にも、普通に話しかけて、優しくしてくれるんだ」


「はっ、それはお前が見えてないからだろ。あと、嘘もついてるし」

俺は、わざと意地悪く言ってやる。


「でも、優しくしてくれたのは事実だよ。僕は、あの人のためなら、死んでもいいと思ってる」


「……あっそ」

そう返しながら、俺は内心、ちょっとだけ気分が悪くなっていた。

姫様の、嫌な現実を聞いちまったな……。


 ――翌日

「もふもふ、ストーップ!!」

俺は、いつものように突っ込んでくる姫様を止めた。


「な、なによ~」

姫様はほっぺたをぷくっとさせる。

……くそ、可愛いな。


「姫様、足元にある箱、開けてみてください」


「えっ? えっ? なにかあるの?」

わくわくした声で、姫様が手探りで箱を開ける。


 すると、中で――

「……え?」

姫様の指先が、ひんやりしたものに触れたようだ。


「ジャジャ~~ン!! アイスクリームです。どうぞ、召し上がれ」

わざと、おどけた声で言ってみる。


「えっ、あのお話に出てくるやつ!? ほんとに!? 本物なの!?」

姫様は、アイスクリームを口に運ぶ。

「……お、おいしい……。とろけちゃいそう……」


 ほっこりと、心から幸せそうな顔。

その顔を見ただけで、やってよかったと思っちまう。


「でも、どうしてこんなのが? この部屋から出られないんでしょ?」

不思議そうに首を傾げる姫様に、俺はまた嘘を重ねる。


「実はですね、勇者の力が少し戻ってきまして。一日一回、テレポートが使えるんですよ。姫様、普段は体にいい物しか食べてないって聞いたので……少しなら、いいかなって」

もちろん、実際は、普通に街の店で買ってきたってわけだ。


「勇者様、すごい……!」

きらきらした声で言われて、俺は少しだけ目を逸らす。


「これからは、毎日お菓子を食べましょう。デイリーミッション、ひとつ増えましたね」


「ほんと!? やったぁ!!」

はしゃぐ姫様を見て、俺はふっと笑ってしまう。

横目で見ると、化物も、なんだか妙に優しい顔をしていた。


 ――数週間後

化物の体調はいっこうによくならなかった。

それどころか、日に日に悪くなっているようにすら見える。


「俺が言うのもなんだけどさ……ちゃんとした獣医に診てもらったら?」

「いや、いいよ。僕は君がいい」

「なんでだよ!」

「僕が君を好きだからさ」


 は!? 

俺とお前――。

な、なんだそれ、何のジャンルだ。


 化物はハハハと笑った。

「勘違いしてないかい。尊敬の好きだよ。貧民街の孤児から自力で抜け出せる人間は多くない。どんな手段でも、それをやった君はすごいってわけさ」


 そんなこと言われたの、たぶん生まれて初めてだ。


「――それに、君は僕に負い目がある。だから、僕の言うことを聞いてくれるしね」


「おい、結局それだろ……まったく、自称勇者のくせに優しくねぇな」


「今は姫様の勇者だからね。姫様のためなら、地獄の悪魔にでもなるさ」

「それが勇者のすることかよ」

「勇者なんてそんなものさ。魔王軍の人たちには、僕が悪魔に見えてただろうね……」


 そして、いつものように続く。

「それで、姫様の誘拐は――」

「ダメだ!」

このやり取りも、すっかり恒例になってきた。


* * *


「おや、器姫だ。今日もご機嫌なお散歩か?」

「ハハッ、目も見えねぇくせに、よくあんな楽しそうに歩けるよな」

「こんなに言われても気付きもしない。もしかして、耳も聞こえねぇんじゃね?」

――そんな悪口を聞くことが、もう珍しくもなくなったこの頃。


「姫様、なんで俺のこと信じてくれるんですか?」

冒険話の終わり。

あまりにも楽しそうに聞いてくれるものだから、つい、口を出てしまった。


「はにゃ?」

姫様は、シュークリームを口に運ぶ手を止める。

「なーに? さっきのお話、嘘だったの?」


「い、いや、違います違います! ほら、勇者の冒険って突拍子もない話が多いから、姫様みたいに純粋に楽しんでくれる人、珍しくて……」

自分でもわかるくらい、声が上ずっていた。


 う~ん、と姫様は少し考えてから言った。

「あなたが、楽しそうに話してくれるから、かな!」


「へ?」

そんな理由?

それに俺、楽しそうに話してたのか?


 姫様がぼんやりと上を向く。

「街も、山も、海とか! あとドラゴン……目が見えるようになる薬も……全部、見てみたいわね」


 寂しそうにこちらを見る。

「そういえば。そろそろ呪いが解ける時期よね? 人間に戻ったら、教えてね。勇者様に、触れてみたいから」


 ――や、やべぇ。そう言えばこの嘘、どうすんだよ。

さすがに人間になった勇者のふりは無理だぞ。

話題をそらせ。今すぐ。


「……姫様、今でも冒険に行きたいですか?」

何を聞いてるんだ、俺は。


「もちろんよ。でも、目があれだから、足手まといになっちゃうわ。でも――な~に? 連れてってくれるの?」


「いや、ちょっと聞いただけです」

「なによ~、いじわる」

そう言って、姫様は軽く俺をポコポコ叩いた。


 時計が鳴るまで、俺たちはくだらない話を続けた。


* * *


「……姫様の命が、他の王族に狙われている」

ある日、化物は今にも消え入りそうな声で言った。


「は?」

あまりの急展開に、頭がついていかない。


「兵士たちの会話を、盗み聞きしたんだ。君しか頼めない。頼む……姫様を、ここから逃がしてくれ」

冗談を言っている顔じゃなかった。

冗談で済ませてほしかった。


「いやいや……そうだ、お前、人間に戻るんだろ? なら、お前がやれよ」


「戻れないんだ」

化物は、静かに首を振った。

「僕は姫様の勇者にはなれなかった――君が、なるんだ」


 頭の中がぐちゃぐちゃになる。

「そ、その話、嘘だろ。俺にはわかる」

本当は、何もわかっていなかった。


「俺は嘘で生きてきた。嘘に命をかけてきた。だから、お前の薄っぺらな言葉なんて――信じられるわけないだろ」

頼む。嘘だと言ってくれ。

だが、化物は何も言わず、ただ俺を見つめ返すだけだった。


「また、明日話そう。君にも、覚悟する時間が必要だろうしね……」


 ――翌日

俺は寝不足の状態で、廊下を歩いていた。


 俺には無理だ、断ろう。

王様に相談するのはどうだろうか?


 暗殺の話が本当なら、それが一番安全だ。

そう考えながら、ペット部屋の扉を開けた――その瞬間。


「逃げろォォォォォォッッ!!!!!」


 化物の叫び声が、部屋中に響いた。

「は?」

視界に飛び込んできたのは、兵士と揉み合う化物の姿。


 身体中に剣が突き立ち、血にまみれている。

もう、助からないと一目でわかった。


「暗殺者だ!! 姫様を、連れだせ!!」

それが、最後の声だった。

考える前に、身体が動いていた。


 この時間、姫様はあそこだ。

廊下を全力で走る。

そして――見つけた!


「姫様、失礼します!」

そう言って、抱き上げる。


「えっ、えっ!? 勇者様!?」

声色は変えてない。だが、なぜわかったのかなんて、どうでもよかった。


「そうです。人間に戻れました。今から冒険に出ますよ!」


「い、いきなりですか!? 準備とか――」


「冒険は勢いです! 大丈夫、王様にも許可もらってます!」

嘘を、重ねる。


「待てぇぇぇ!!」

背後から兵士たちの怒号が聞こえる。

どいつもこいつも、姫様をバカにしてたやつらばかり。

絶対に待ってやらねぇよ!

王宮の門を飛び出した。


「アハハハ……!」

俺にお姫様抱っこされながら、姫様は笑う。


「どうされました?」

「いや……おかしくって。冒険って、こんなに急に始まるんですね!」

笑い泣きしながら、明るく言う。


「さあ、勇者様。どこへ行きますか!」


 俺は、息を切らしながら答えた。

「行きたいところ、全部行きましょう。街に行って、海に行って……目が見える薬も探しましょう」


 姫様の顔が、ぱっと輝く。

「ええ、最高! じゃあまずは街ね。勇者様の大好物、オニオンスープを飲んでみたいわ」


「……え?」

自称勇者は、玉ねぎ、食べられなかったはずじゃ。


「どうしたの? 毎食玉ねぎで飽きちゃったの? でも、街のオニオンスープが一番おいしいってよく話してくれたじゃない」


 ……まさか、あの野郎。


 なんだか、全てがつながった気がした。

あいつもだったってわけか。


 俺は、姫様の頭をぽん、となで地面におろす。

「ええ。飽きてません、大好物です。姫様、世界一おいしいオニオンスープを探すのも、冒険の目的に加えませんか」


「いいわね! 私たちのデイリーミッション……いえ、人生のミッションに追加ね!」


「はい!」

自然と、笑みがこぼれる。

「それじゃあ、街に向かって――レッツゴー!!」

俺たちは、街へ向かって歩き出した。


 もう、この世にいないであろうあいつに、心の中で告げる。


 化物ゆうしゃよ、安心しろ。

俺は、嘘つきのプロだ。

姫様を騙すくらい、どうってことない。

このまま、騙し続けてやるよ

――この嘘が、本当になるまで。



――――――――――――――――

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騎士団の公安勤務~元社畜×🍑、俺だけ複数魔法のチート騎士だった結果、冷酷な氷姫が俺にだけデレデレなんだが? 姫から熱烈アプローチされ、国家まで救うハメになったんですけどォォオオ!!~


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姫様のペット係の俺、ペットになる😻~姫様の激きもペットのフリをしてモフモフしてたら、宮廷内のいじめを見つけたので、姫様を誘拐して一緒に冒険します!~ ああああ🐙 @fureki23

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