第9話 浄土の静寂:無限地獄の完成
1. 遺影の沈黙と壊れた天秤
二等陸佐・新田 真悟(あらた しんご)は、照明を落とした執務室で、机上の古い写真を見つめていた。
予算削減で放置された機材、政治的配慮で形骸化した訓練。上官・葛城 義彦(かつらぎ よしひこ)を奪ったのは、確かにかつての「無能な組織」だった。
しかし、今、彼が手にしている「正義」は、国民を配給制の列に並ばせ、停電の闇に怯えさせている。
「師よ、俺はまだ正しいのか?」
その問いに答える者はなく、上官の遺影だけが、かつて自分を救えなかったルーキーの「変貌」を静かに見守っていた。
2. 深夜の審判:「12時の壁」
現在の日本において、午前0時は「生存の境界線」となった。
午後11時から12時。この魔の時間に玄関を叩く音が響けば、それは人生の終焉を意味する。「仏法革命特別防衛隊」へと改組された親衛隊は、中国や北朝鮮の最新鋭の外郭兵器を手に、証拠を捏造してでも「反国家分子」を摘発し続けていった。
摘発された者に弁護の余地はない。その場で下される「慈悲の判決」は、死か、さもなくば無報酬の過酷な強制労働であった。
3. 地上の浄土、海の墓標
「物価の安定」という名のまやかしが、国民の血を啜って成立していた。強制労働によって人件費が消失し、市場から数字上のインフレが消えたに過ぎない。慈眼の語る「極楽浄土」は、その実、死ぬことすら許されない無限地獄だった。
閉ざされた空港の代わりに、人々が目指したのは夜の海だった。
「地獄からの脱出」を夢見て小舟を漕ぎ出した何万もの人々。しかし、その多くが冷たい荒波に呑まれ、日本の沿岸は名もなき亡命者たちの墓標と化した。
4. 慈眼の統治:独裁の終着駅
もはや、反対の声を上げる者は一人もいなくなった。
右翼も左翼も、慈眼の冷徹な先読みと「超法規的」な暴力の前に、等しく沈黙を強いられた。
慈眼は、かつてないほど穏やかな微笑みを浮かべ、電話機の受話器を置いた。
「生みの苦しみは終わりました。これより、真の静寂が始まります」
日本は、歴史上最も「純粋」で、そして最も「死に近い」場所へと辿り着いたのだ。
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