第8話 聖域の業火:宗教統一と神仏の終焉

1. 鉄と経典の密約

​深夜、静まり返った首相官邸。評議会議長の椅子に座る二等陸佐・新田 真悟(あらた しんご)と、寺院の本堂で独り瞑想する慈眼(じげん)の間で、国家の「魂」の譲渡が電話越しに行われた。


​二等陸佐・新田 真悟(あらた しんご):「師よ、事は順調に運んでおります。次はどういたしましょう?」


​慈眼:「この世に教えはただ一つ。釈尊の教えこそ、唯一無二の普遍の法でございます」


​二等陸佐・新田 真悟(あらた しんご):「……承知いたしました。宗教部門に関しては、全権を全て師に移譲いたします。何卒、よろしくお願い申し上げます」


​慈眼:「お任せあれ。ご貴殿は政治に集中なされよ」


​この短い会話が、日本における千年の神仏習合と信教の自由の終焉を告げる弔鐘となった。


​2. 黒衣の親衛隊(シン・エイ・タイ)

​慈眼の前に、異様な集団が姿を現した。全身を黒い装束で包み、感情を排した瞳を持つ男たち。慈眼の弟子や有力な檀家の子弟で構成された、彼専属の「親衛隊」である。


​彼らは単なる修行僧ではない。慈眼の過激思想を注入され、信仰のために手を汚すことを厭わない「聖なる処刑人」たちだった。親衛隊は軍の輸送機や車両を借り受け、瞬く間に上野の寛永寺、芝の増上寺を占拠。さらに比叡山延暦寺、高野山、東西の本願寺といった日本仏教の聖地を次々と統制下に置いた。


​宗派の壁は、親衛隊の武力と慈眼のカリスマの前に瓦解した。日本仏教は、史上初めて一つの意志によって統一されたのである。


​3. 「白蟻」の根絶:神道への復讐

​数カ月後。革命軍が各地で旧政府軍を圧倒し始めた頃、慈眼は全宗派の代表を招集した。黄金の仏像の前に集まった高僧たちを、慈眼は鋭い眼光で射すくめた。


​「皆様方、かつて明治政府が御仏に何をしたか、お忘れではあるまい」


​彼は廃仏毀釈の歴史を紐解き、神道を「聖典なき国家宗教」と切り捨てた。「慈悲の宝燈の業火で社(やしろ)を焼き尽くしなされ。それこそが、カルマを浄化する唯一の道である」


​この号令は、日本中の神社への攻撃信号となった。逆らう指導者は親衛隊によって排除され、傀儡の僧侶たちが松明を手にした。


​靖国神社、明治神宮、春日大社、伏見稲荷。千年の歴史を刻んできた朱塗りの柱と茅葺き屋根が、激しい火柱を上げて夜空を赤く染めた。


​4. 邪教の掃討:バテレンの追放

​慈眼の攻撃は、止まるところを知らなかった。彼の次なる標的は、西洋の精神的支柱であるキリスト教に向けられた。


​「かつてバテレン共は、日本人を奴隷として売り飛ばし、寺院を破却した。今こそ、その邪教を根絶やしにせねばならぬ」


​親衛隊は日本各地の教会を襲撃した。カトリックの荘厳な大聖堂、プロテスタントの清楚な礼拝堂、正教会の美しいドーム。系統の別なく、無差別に火が放たれた。ステンドグラスが熱で砕け散り、パイプオルガンの音色は崩落する瓦礫の音にかき消された。


日本は今、二等陸佐・新田 真悟(あらた しんご)が支配する「鉄の軍事国家」と、慈眼が統べる「炎の仏教国家」という、二つの絶対権力が共振する異様な空間へと変貌を遂げた。


5. 閉ざされた島国


2026年春。日本の空は、制裁による燃料不足で航空機の音が消え、ただ重苦しい冬の雲が垂れ込めていた。


世界はこの「東洋の狂気」を拒絶したのだ。


​アメリカはホワイトハウスのロバート=ハリソン大統領は、日本の行為を「重大な宗教的ジェノサイド」と非難し、対日経済制裁を発動し、同時に在日米軍基地の凍結を即時実行した。


EU議会代表も「日本の自由と民主主義の重大な損失」と断罪し、アメリカに続き、制裁に踏み切り、日本からの輸入品に膨大な関税を掛けた。


韓国のイ・ミョンフン大統領は、日本を「新帝国主義」と断じて仮想敵国に指定し、在韓米軍との対日軍事演習を実施した。

 

ロシアのウラジミール=オルロフ大統領は「正教会への宣戦布告」としてLNGなどエネルギー供給を絶ったことで、日本は一夜にして「世界の敵」となった。


かつて煌々と輝いていたネオンは消え、市民は寒さに震えながら、秘密警察の目を盗んで、昨日まで信じていた神や仏を捨てることを強要されている。


​しかし、慈眼(じげん)は言いう。「この冷え込みこそ、旧時代の垢を落とすための禊(みそぎ)である」と。


こうした包囲網に対し、日本は、史上最大の皮肉をもって応じた。


​6.「皮肉の枢軸」サミット

​2026年7月。北京の人民大会堂。


世界が最も恐れていた光景が、カメラのフラッシュの中に現れました。


​中国の張首席(ジャン・ショウセキ)国家主席、北朝鮮の最高指導者、キム・ジョンチョル委員長、そして日本の精神的指導者となった慈眼。


かつて歴史問題や領土問題で激しく対立していた三者が、「反米・反西方覇権」という一点で固く手を結び、笑顔で握手を交わしたのだ。


​「靖国を焼いた日本は、もはや我々の敵ではない。真の同志だ」


​中国主席のその言葉は、戦後80年の国際秩序が完全に瓦解したことを世界に知らしめた。日本海には北朝鮮のミサイルが「祝砲」として放たれ、日本はアメリカの同盟国から、東アジア新秩序の「尖兵」へと変貌を遂げたのだ。


「皮肉の枢軸」と呼ばれた東アジア新秩序サミットにより、日本は西側諸国から永遠に背を向けたのである。

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