第7話 鋼の評議会:理想国家という名の監獄

1. 民主主義の埋葬

​永田町の空気が一変した。かつて議論と妥協が繰り返された国会議事堂は沈黙し、代わって日本の頂点に立ったのは、11人の若き自衛官で構成される**「国家秩序維持管理評議会」**であった。 


​掲げられた組織一覧表には、「皇室制御官」「国家非常事態担当官・榊 鉄平(さかき てっぺい)」といった、戦後日本が忌避してきた不気味な役職名が並んでいる。警察、検察、裁判所は一瞬にして独立性を剥奪され、評議会の指先一つで動く「執行機関」へと成り下がった。三権分立という言葉は、今や歴史の教科書の中にのみ存在する死語となったのである。


​2. 密告の奨励

​評議会議長となった二等陸佐・新田 真悟(あらた しんご)は、青いカーテンを背にカメラの前に立った。その視線は、テレビの前の国民一人一人を射抜くような鋭さを持っていた。


​「不屈の闘志で悪政を打ち破った国民諸君。だが、革命の灯を消そうとする『反国家分子』が、未だ諸君の隣に潜んでいるかもしれない」


​彼は淡々と、しかし拒絶を許さぬ口調で告げた。「不満分子を当局へ通報せよ。それは愛国心の証明であり、それ相応の保障を約束する」と。


この日から、日本中に「国家非常事態担当官・榊 鉄平(さかき てっぺい)」――すなわち秘密警察の網が張り巡らされた。隣人を疑い、影に怯える。恐怖による連帯が、新たな国民の絆として強要され始めたのだ。


​3. 「守護」という名の拘束

​皇居の二重橋には、威圧的な自動小銃を構えた部隊が展開した。「皇族を暴徒から守護する」という大義名分のもと、その実態は「皇室制御官」による徹底した監視と政治利用であった。


伝統ある皇室は、新体制の正当性を裏付けるための「生きた舞台装置」として、静かなる幽閉の身となったのである。


​4. 終わりなき平定

​反乱軍の野望は、永田町の制圧だけでは止まらない。


旧政府に忠誠を誓う地方の駐屯地や部隊を「掃討」するため、富士の裾野から、あるいは地方の演習場から、最新鋭の戦車部隊が公道を突き進んだ。かつて災害派遣で国民に手を振ったその鉄塊は、今や同じ迷彩服を着た「兄弟」に狙いを定めている。


​5. 指導者の孤独と陶酔

​深夜の首相官邸。


かつて歴代の首相が座り、重圧に耐えてきたその椅子に、二等陸佐・新田 真悟(あらた しんご)は身を沈めていた。窓の外に広がる、消灯命令で暗く沈んだ東京の街並みを見下ろしながら、彼は自らに言い聞かせるように呟いた。


​「俺は間違っていない。脆弱で無能な民主主義が、この国を滅ぼしかけていたのだ。力なき理想は、毒でしかない」


​彼が見つめる先にあるのは、慈眼が説いた「地上の浄土」か、それとも己が築き上げる「鋼の理想郷」か。かつてのルーキー時代に失った上官の遺志を胸に、彼は民主主義の骸の上に、誰も見たことのない国家の形を刻もうとしていた。

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