第2話 燎原の火:列島の瓦解

​1. 全土への波及

​新宿から始まった火種は、瞬く間に列島全土へと飛び火した。


​大阪城を背にした公園、名古屋のテレビ塔下、大雪に見舞われる札幌の大通、そして福岡の天神。主要都市の街頭は、怒りに燃える群衆によって埋め尽くされた。もはやそれは特定の政治団体による活動ではなく、行き場を失った民衆の総意としての地鳴りであった。


​各地で警察の放水車が投入されたが、人々の熱狂を冷ますには至らない。燃え上がる炎と黒煙が、かつての平和な都市のスカイラインを侵食していった。


​2. 非常事態の宣言

​混迷を極める情勢を受け、内閣総理大臣・栗山 正夫(くりやま まさお)は深夜、官邸にて緊急記者会見を強行した。


​「国民の生命と財産を守るため、断腸の思いで決断いたしました」


​沈痛な面持ちで語る首相の背後には、日の丸が重く垂れ下がっている。モニターには「非常事態宣言」の文字が躍り、憲法解釈の限界を超えた強権の発動が宣告された。それは、戦後日本の法秩序が事実上崩壊した瞬間でもあった。


​3. 鉄の軍靴、都市へ

​宣言と同時に、ついに陸上自衛隊に出動命令が下る。


​市街地を埋め尽くすのは、機動隊の青い制服ではなく、迷彩服を纏った兵士たちと、重厚な装甲車両の列だった。都心の舗装路をキャタピラが削り、威圧的な銃口がかつての隣人たちに向けられる。


​「道を開けろ!直ちに解散せよ!」


​拡声器の声が響く中、自衛官たちは無表情に盾を並べた。しかし、そのヘルメットの奥の瞳には、かつてない迷いと苦悩が宿っていた。彼らが守るべき「国」とは、目の前で涙を流し、血を吐くように叫ぶこの人々ではないのか。


​4. 決壊する忠誠

​暴動が始まってから十日目。限界点は、不意に訪れた。


​最前線で対峙していた一人の若い自衛官が、構えていた小銃を下ろした。彼は震える手でヘルメットを脱ぎ、目の前の老婆に差し出された水を受け取った。


​「俺たちは……一体、誰と戦っているんだ」


​その一言が、堰を切った。


​一人が拳を突き上げると、それに呼応するように次々と隊員たちが盾を捨て、民衆の中へと歩みを進めた。ある者は日の丸の旗を手に取り、ある者は「独裁を止めろ」というプラカードを兵器の代わりに掲げた。


​「我々は国民の敵ではない!国民の一部だ!」


​自衛官と市民が肩を組み、共に叫び声を上げる光景。それは、武力による鎮圧を信じていた政府にとって、最悪の、そして決定的な敗北の予兆であった。

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