第十三話 甘い放課後
あの一夜を経て、二人の関係は「共犯者」から「何か」に変わった。
けれど、月曜日の朝。
「おはよー、尋! 今日も地味だね!」
教室に入ってきた霖は、取り巻きを引き連れて尋の机をコンコンと叩いた。その顔は、いつもの「完璧なヒロイン」の仮面。けれど、叩くリズムが、あの週末の夜に二人で聴いた曲のテンポと同じだということに、尋だけが気づく。
「お、おはようございます。高嶺さん」
尋が俯きながら答えると、霖は「ふんっ」と鼻を鳴らして去っていく。
(……やっぱり、教室ではこれなんだ)
少しだけ寂しくなった尋だったが、一限目の授業中、机の中に入れていた筆箱を開けて、息が止まった。
そこには、見慣れない派手なピンクの付箋が貼られていた。
『さっきの「おはよ」の声、震えすぎ。放課後、覚悟しなさいよ、尋』
(もう。霖の方が、よっぽど心臓に悪い……)
放課後。図書室の鍵を閉めるなり、霖は尋を本棚の隅に追い詰めた。
「ねえ、尋。昨日の夜、あんなこと書いといて、教室であの態度は何よ。もっとこう、私への愛が溢れちゃうような挨拶、できないわけ?」
「無理ですよ、そんなの! みんな見てるし、第一、霖だってあんなに冷たかったじゃないですか」
「私はいいの! 私は演出なの! あんたはもっと、私のこと特別扱いしなさいよ」
霖はそう言って、尋の眼鏡のブリッジを指先でクイッと押し上げた。そのまま顔を近づけ、鼻先が触れそうな距離で止まる。
「……ほら。暖めてくれるんでしょ? 今、私、すごく寒気がするんだけど」
「えっ、風邪ですか!? 大変だ、保健室に…」
「……っ、バカ! 鈍感! 物語の考察はあんなに鋭いくせに、なんで私の機微だけスルーするのよ!」
霖は顔を真っ赤にして、尋の胸元をポカポカと叩いた。
期待していた展開にならなかったのが悔しいのか、それとも恥ずかしいのか、彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
結局、二人はいつものソファに座ったけれど、本は一ページも進まなかった。
霖は尋の膝の上に自分の頭を乗せ、尋の手を自分の両手で包み込んで、指を一本一本検分するように動かしている。
「ねえ、尋。私、今までたくさんの人に『好き』って言われてきたけど。あんな、ノートの端っこに書かれた、重くて暗くて、どうしようもない独白の方が、ずっと心に刺さったわ」
「恥ずかしいから、もう言わないでください」
「嫌よ。一生擦り倒してあげる。ねえ、もう一回だけ……名前、呼んで」
尋は、少しだけ勇気を出して、自分の手を握りしめている霖の指を、そっと握り返した。
「……霖」
「………………ん。もう一回」
一回だけとはなんだったのかなんて、尋はどこか上の空で考えながら、珍しくしおらしい霖に悪戯心が沸いて注文外の言葉を伝えることにした。
「霖。…大好きですよ」
「っ…………っ」
霖は急に尋の膝から跳ね起きると、顔を両手で覆って背を向けた。
「……今の、なし! 破壊力が強すぎる! 準備できてない時に言わないで!」
「ええっ、霖が呼べって言ったのに……」
図書室に流れる、夕暮れよりも甘い沈黙。
結末なんて、まだまだ先。
本をめくる音よりも、お互いの鼓動を数える方が忙しい、二人の「放課後」はこれからも続いていく。
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