第八話 訪問と、意外な瑕

翌日。尋は慣れない私服で、市内でも有数の高級マンションの前に立っていた。

案内された高嶺の部屋は、モデルルームのように綺麗だったけれど、その奥にある一室だけは異様だった。

「すごい……」

壁一面、天井まで届く本棚。そこには、背表紙を隠すように黒いカバーがかけられた本が、隙間なく並んでいる。

「いらっしゃい、河井さん。そこ、適当に座って」

出てきた高嶺は、眼鏡にジャージ、髪もお団子にまとめただけの、完全に「オフ」の姿。

彼女は自分のベッドに尋を座らせると、自分は床にどっかりと座り込み、一冊の分厚い本を開いた。

「ここなら、誰も来ない。演じなくていい。ねえ、今日は一日中、誰にも邪魔されずに物語の話をしようよ」

窓の外では、彼女を崇拝する者も、彼女を妬む者も歩いている。

けれど、この四畳半の書斎だけは、世界から切り離された二人だけの小宇宙だった。

「はい、高嶺さん」

そうはにかんで、尋は初めて自分から、彼女の隣に腰を下ろした。


「ねえ。お腹、空いてない?」

本の世界に没頭して二時間。沈黙を破ったのは、高嶺のお腹の虫の音だった。

「あ、えっと…少し」

「待ってなさい。ほら、私ってこういう『完璧な美少女』なわけじゃない? 料理くらい、嗜みとしてこなしてみせるわよ」

高嶺は不敵に笑って、ジャージの袖をまくり上げ、キッチンへと消えていった。

尋は「すごいな、やっぱり何でもできるんだな」と、棚に並ぶ本を眺めながら期待に胸を膨らませていた。

だが、十五分後。

キッチンから聞こえてきたのは、およそ料理中とは思えない「ゴンッ!」という鈍い衝撃音と、「……え、嘘。なんで焦げてるの?」という戦慄の呟きだった。


「お待たせ。高嶺霖特製、カルボナーラよ」

自信満々に差し出された皿の上には、パスタだったと思われる「黄色くなったナポリタンのような何か」が鎮座していた。

卵は完全に火が通りすぎてボロボロの炒り卵状態。麺は一部が炭のように黒く、全体的にどろりとした粘り気を放っている。

「高嶺さん、これ」

「いいから食べなさいよ。見た目はあれだけど、味はまあ、化学反応の結果だし、そんなに悪くないはずだから」

尋は意を決して、一口運んだ。

「………………」

「どう?」

口の中に広がるのは、暴力的な塩辛さと、何故かジャリジャリとした砂のような食感。そして、後味に突き抜ける焦げの苦味。

尋の眼鏡が、あまりの衝撃に曇った。

「高嶺さん。これ…砂糖と塩、間違えてませんか?」

「えっ、嘘、全部塩入れたわよ?」

「全部…? しかも、これ、殻が入ってます」

高嶺は一瞬で顔を真っ赤にし、自分の分の皿を一口食べて、そのままフリーズした。

「………………マズっ」

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