第三話 小さな反撃

翌日の教室。

尋はいつも通り、壁の花ならぬ「壁のシミ」にでもなったつもりで、机に伏してチャイムを待っていた。

「おはよー! 霖ちゃん、今日の髪型も超絶可愛いね!」

「うそ、ありがとー! 結ぶの苦戦しちゃった」

教室内を弾むように響く、誰かの媚の売った声と高嶺霖の鈴の音のような声。

昨日、図書室のソファで「まじで疲れた」と毒を吐いていた少女と同一人物だとは、到底信じられない。

(すごいな。やっぱり、昨日のことは夢だったんじゃ……)

尋がそっと顔を上げると、偶然にも、中心にいる高嶺と目が合った。

心臓が跳ねる。尋は慌てて視線を逸らし、教科書の隅に目をやった。

(ううん、関わっちゃダメだ。私と彼女じゃ、住む世界が違いすぎる)

だが、高嶺は取り巻きの女子たちと笑い合いながら、一瞬だけ、尋にしか分からない角度で「べっ」と小さく舌を出してみせた。

「……っ」

尋は慌てて口元を抑えた。

おかしい。いつもは息が詰まるようなこの教室が、その一瞬の「共犯の合図」だけで、少しだけ風通しが良くなったような気がした。


昼休み。尋が一人でパンを食べていると、クラスの派手な男子グループが騒ぎながら通り過ぎ、彼女の机にぶつかった。

「あ、わりぃ」

「あ、いえ、すみませ……」

いつも通りの、消え入りそうな謝罪。相手は尋の顔すら見ずに去っていく。

これまでの尋なら、ここで「自分が邪魔だったんだ」と落ち込み、泥沼のような自己嫌悪に沈んでいただろう。

けれど、今の彼女の脳裏には、昨日の高嶺の言葉が再生されていた。

『期待されるたびに、心の中で「うるせーよ」って毒づいてる』

(そうだ。あの高嶺さんだって、あんなに完璧に見えるのに、心の中では戦ってるんだ)

「うるせーよ」

尋は、自分にしか聞こえない極小の声で、ボソリと呟いてみた。

生まれて初めて口にした他人への不敬な言葉。

それは驚くほど苦く、そして胸がすくような解放感を伴っていて、自然と口角が上がった。


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