第5話 眠れぬ天才と、静寂を裂く音

深夜の聖剣学院。全寮制の生徒たちが眠りについた頃、黒髪をなびかせ、影のように移動する人影があった。

リンカだった。


(……おかしい。あんなデタラメな破壊力、魔力なしで出せるはずがないわ)


昼間の魔力測定岩の「消滅」。あの光景が、エリートとして生きてきた彼女のプライドを、そして好奇心を激しく逆撫でしていた。

彼女は知っていた。カイが夜な夜な、寮を抜け出して旧訓練場へ向かっていることを。


「何か秘密の『魔道具』でも使っているに違いないわ。それを暴いてやるんだから」


リンカが古い木造の訓練場に忍び込むと、そこには異様な光景が広がっていた。


「……九万、九千、九百……九十一……っ!!」


そこにあったのは、煌びやかな魔道具でも禁断の魔法でもなかった。

上半身を露わにし、自分の数倍はある巨大な鉄塊を背中に乗せ、腕立て伏せを繰り返すカイの姿だった。


「……っ、ふぅぅぅぅぅう!!」


カイが最後の一回を終え、跳ねるように立ち上がった。

その瞬間、彼の肉体から凄まじい「湯気」が立ち昇る。極限まで酷使され、沸騰した血液が肌を赤く染め、月光を反射して濡れた筋肉が、まるで生命を持つ黒鋼の彫刻のように躍動している。


(な、なにあれ……。あんなの、人間じゃない……!)


リンカは息を呑んだ。カイの背中には、筋肉がうねり、まるで「鬼の顔」のような恐ろしい紋様が浮かび上がっている。

ただの筋トレではない。それは、一回一回が「死」と隣り合わせの、魂を削るような研鑽だった。


「誰だ! 出てこい!」


「ひゃっ!?」


カイの鋭い視線に射抜かれ、リンカは思わず柱の影から飛び出してしまった。


「リンカか。……こんな夜中に、俺の筋肉を拝みに来たのか?」


「なっ、自惚れないでよ! 卑怯な手を使ってないか、監視に来ただけよ!」


リンカは顔を真っ赤にしながら、黄金のレガースを装着した脚をカイに向けた。


「その鈍重な筋肉が、私の『天風』にどこまで通用するか……試してあげるわ!」


「いいぜ。ちょうど『速度』への対策を考えてたところだ」


二人は深夜の訓練場で対峙する。

リンカが風を纏い、目にも止まらぬ速さでカイの周囲を旋回する。


「私の攻撃は速いわよ! 『天風・円舞(まどいまい)』!!」


黄金の閃光がカイの死角から何度も放たれる。だが、カイはそのすべてを、わずかな肉体の捻りと、硬化させた筋肉での「受け」で凌いでいく。


「……捕まえた」


「えっ?」


カイの右手が、リンカの放った回し蹴りの足首を、吸い付くように掴んだ。


「魔力に頼りすぎだ。お前の脚、浮いてるぜ」


「離しなさ……きゃっ!?」


カイがグイと引き寄せると、リンカの体はバランスを崩し、カイの熱い胸板に真正面からぶつかった。

汗で濡れたカイの肌と、薄い戦闘衣一枚のリンカが密着する。


「……っ、熱い……!」


リンカの鼻腔に、男らしい汗の匂いと、カイの体から発せられる圧倒的な熱量が突き刺さる。カイの太い腕が、折れそうなほど細い彼女の腰を、図らずもガッチリとホールドしていた。


「な、何して……離してってば……!」


暴れるリンカだったが、カイの腕は岩のように動かない。それどころか、暴れるたびにリンカの柔らかな胸が、カイの硬い大胸筋に押しつぶされ、形を変える。


「……動くな。今、お前の腰の使い方のクセが分かった。……お前、もっと『ここ』を意識しろ」


カイは無自覚に、リンカの腰に手を回し、重心の位置を修正するようにグッと力を込めた。


「ひゃうんっ!? どこ、触って……っ」


敏感な部分に触れられたリンカの声が裏返り、彼女の全身から力が抜ける。そのまま二人は、汗で滑りやすくなった床で重なり合うように転倒した。


「……わりぃ。つい熱が入っちまった」


カイが先に立ち上がり、赤面して座り込むリンカに手を差し伸べる。

リンカはその手を取らず、自分の火照った顔を隠すように立ち上がった。


「……最低。変態。筋肉ダルマ……!」


口では罵りながらも、リンカの心臓は、先ほど触れ合ったカイの「鉄のような肉体」と「真っ直ぐな瞳」に、今までにないほど激しく鳴り響いていた。


「……でも、お前の言うことは一理あるわ。道具に頼りすぎてたのは、認めてあげる」


リンカはスリットを直しながら、フイと顔を逸らした。


「また、明日もここに来るわ。……お前のその、暑苦しい特訓に付き合ってあげる。感謝なさい!」


「おう! 明日はもっとハードに行くから、覚悟しとけよ!」


月明かりの下、筋肉と風。

正反対の二人の間に、ライバル心以上の何かが芽生え始めた瞬間だった。


その様子を、物陰からじっと見つめる青い影があった。


「……カイ君、あんな女の子と、夜中に密着して……ム、ムキーッ!」


お弁当の包みを握りしめ、アリアが頬を膨らませて嫉妬に燃えていることに、鈍感なカイはまだ気づいていなかった。

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アイアン・ハート ―鋼の拳と黄金の聖女― 大気圏 @yositomo222

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