第2話 黄金の脚と鉄の試練

魔獣フェンリルが討たれた広場には、夜が明けてもなお、熱気が残っていた。

瓦礫の山と化した石畳。その中央で、上半身裸のまま座り込むカイのもとへ、一人の女が歩み寄る。


「……信じがたいな。守護刀を持たぬ少年が、素手でランク外を屠るとは」


カツン、と硬質なヒールの音が響く。現れたのは、漆黒の軍服に身を包んだ女性だった。胸元には、大陸最高峰の教育機関『聖剣学院』の紋章が刻まれている。


「私は学院の教官、セレーネだ。カイ、と言ったな。お前のその『肉体』、守護刀がないというだけで放っておくには惜しい力だ……学院の編入試験に来てみないか?」


セレーネが差し出したのは、銀色の招待状。

カイは腫れ上がった右拳を強く握り込み、不敵に笑った。


「ああ。願ってもないチャンスだ」



一週間後。

雲を突き抜けるほど巨大な城塞都市、聖剣学院の門前。

そこには、世界中から集まった「選ばれし剣士」たちが、自慢の守護刀を腰に提げて並んでいた。


「見てよカイ君、すごい人……!」


アリアが、いつになく短いミニスカート姿でカイの隣を歩く。


「うわっ、ちょっとアリア、それ短すぎないか?」

「えへへ、お店で見つけて勝っちゃったの。でも、ちょっと風が吹くと心細いかも……」


その時、不意に強烈な「突風」が吹き抜けた。


「キャッ!?」


アリアのスカートがふわりと舞い上がる。反射的に彼女を支えようとしたカイの手が、図らずも彼女の柔らかな太ももに触れてしまった。


「わあぁ! ご、ごめんアリア!」


「も、もう! カイ君のえっち……!」


赤面する二人の横を、一筋の「風」が通り過ぎた。


「――甘いな、そこの凡骨ども。そんな腑抜けた様子で、この門を潜るつもりか?」


現れたのは、極限までスリットの深い、チャイナドレス風の戦闘衣を纏った少女だった。

艶やかな黒髪をポニーテールに結び、その脚は驚くほど長く、しなやかだ。


「私はリンカ。この学院のトップ、『七聖剣』に最も近い蹴撃の継承者だ。」


彼女の腰に刀はない。代わりに、両脚に黄金の重厚な装具(レガース)を装着している。


「お前、刀を持っていないな? 私と同じ『格闘派』か……だが、その鈍重そうな筋肉では、私の速度にはついてこれまい」


リンカは挑発的に、カイの鼻先で鋭いハイキックを放った。

空気を切り裂く風圧。その際、スリットから覗く彼女の脚の付け根と、激しい動きで一瞬だけ見えた下着の白さに、カイは思わず目を奪われる。


「どこを見てる、このヘンタイ!」


「ぶふぉっ!?」


リンカの回し蹴りがカイの頬をかすめ、衝撃波だけで背後の石壁が粉砕された。



試験会場。

受験生たちの前に、高さ三メートルを超える巨大な黒い塊が鎮座していた。

魔力を吸収して硬度を増す特殊な鉱石――『魔力測定岩』。これをどれだけ深く「斬れるか」が、合格の基準だ。


「次、ゼオン・ヴァルハイド!」


「ふん、見ていろ。これが『本物の守護刀』の力だ!」


ゼオンが修復された魔剣『レティウス』を振り下ろす。爆炎と共に、岩に深い亀裂が入った。


「おおお! 記録、破壊度レベル7! 流石はSランクだ!」


次に進み出たのはリンカ。


「風よ、我が脚に集え。――『迅雷脚(じんらいきゃく)』!!」


彼女の脚が黄金に輝き、目にも止まらぬ連続蹴りが岩を打つ。

ババババンッ! と爆竹のような音が響き、岩の表面が粉々に削り取られた。


「記録、レベル8! 素晴らしい、肉体を触媒にした魔法攻撃だ!」


そして、最後にカイが呼ばれる。

周囲からは

「無刀の落ちこぼれだろ?」

「なんで、こんな奴が紛れ込んでるんだよ」

「岩に触って突き指するのが関の山だ」

と嘲笑が漏れる。


カイは岩の前に立ち、静かに息を吐いた。

魔力は使わない。ただ、足の裏から地面の力を吸い上げ、腰を捻り、背筋へと力を伝達させる。


「魔法も刀もねえ。……でも、俺にはこの五年間、一時(ひととき)も休まずに鍛え続けたこの身体がある」


カイの背中の筋肉が、ミシミシと不気味な音を立てて膨れ上がった。広背筋がまるで巨大な鬼の顔のように歪む。


「肉は鉄! 骨は芯(しん)! 行くぞ……」


カイの足元、強固な石畳が足圧だけで粉々に砕け散った。


「――『剛力(ごうりき)・岩断破(がんだんぱ)』!!」


放たれたのは、ただの正拳突き。

だがそれは、大気を超圧縮し、真空の衝撃波を纏った「死の弾丸」だった。


ズドォォォォォン!!


爆発音ではない。硬いものが粉砕される「音の壁」が突き抜けた。

魔力測定岩は、斬られることさえ許されず、中心から原子レベルで崩壊し、細かい砂となって周囲に飛散した。


「……なっ!?」


測定器が異常なエラー音を吐き出し、停止する。

静まり返った広場で、カイは真っ赤に熱を持った拳を、静かに下ろした。

呆然とするゼオン、そして頬を紅潮させて見つめるリンカ。


静まり返る会場で、カイはバキバキと首の骨を鳴らし、拳を握り直した。


「……悪いな。加減が分からなくてよ」


アリアだけが、誰よりも早く駆け寄って笑った。 


「やっぱりカイ君は、世界で一番かっこいいよ!」


その様子を、学院の塔の最上階から見下ろす影があった。


「面白い。守護刀の理(ことわり)の外側にいる怪物が、紛れ込んできたようだな」


学院最強の象徴、『七聖剣』の一人が不敵に微笑む。

カイの、頂点へと続く血と汗の物語が、今、本格的に幕を開ける。

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