第三話「鐘の鳴らない神託に羊たちは踊る」

 教会は村の中心から少し離れた場所にぽつんと建っていた。


 こじんまりとしていながらも、教会は歴史を感じさせる外観を持っていた――。と、そう取り繕ってみたものの、レヴィの目には、様々な場所が壊れかけている様子が映り込んでいた。


 苔むした外壁は一部が崩れ、屋根には明らかに修繕した後がある。さすがに窓は割れていなかったが、かつては澄んでいたであろうガラスはひどく曇っていた。


 そして何より、教会の象徴たる鐘楼の鐘が何やらおかしな位置で固定されている。まさかあれは壊れているのか……? 疑問とともに前を見ると、この教会の管理者であるラシュカが入り口の扉に蹴りを入れているところだった。


「な、なにやってるんですか!」

「はい? ああ、これを開けるにはちょっとしたコツがいるんですよ。こうやってちょっと引っ張っておいて、角を蹴ると」


 言葉の通りにラシュカが行動すると、扉は諦めたような音を立ててゆっくりと開いた。同時に、レヴィの中にも諦めが波のように広がっていった。何だろう、今更ながらにとんでもない人のところに来てしまったような……。


「なんか顔白くなってるけど、大丈夫か騎士の兄ちゃん」

「あ、いや……。大丈夫……たぶん……」


 先ほどまで大変な状況にあった少年にまで心配されてしまった。騎士としてあるまじき失態。だが、正直少しくらいは嘆かせてほしい。本当に今更だが、30ルビーもリンゴに払わされた理不尽に神は罰を下してくださらないのか。


「さ、中へどうぞ。古い建物なんで、少々荒れてるのは目をつぶって下さ」


 唐突に、軒先から板が一枚はがれて落ちる。それは何の迷いもなく落下して、ラシュカの頭を直撃した。


「……神罰」


 思わず呟いたレヴィに、少年がこらえきれずに吹き出す。ラシュカは痛いとも言わずに地面を見つめていたが、ゆっくり顔を上げるとにこやかな笑みを浮かべた。


「神罰よりも恐ろしいものがこの世に存在すること、身をもって知りたいようですね?」

「本当にあなた神官なんですか、何人か確実に殺してるような目をしてますよ!?」


 などとちょっとした事件とも言えない事件に見舞われながらも、レヴィたちは教会内へと足を踏み入れた。


 ※


「……と、まあ。現状、レヴィくんに優先的にやっていただきたいのは、周辺の見回りと魔物討伐ですね。一応、この村にも自警団はありますが、練度はそこまで高くないので。騎士であるきみの働きには期待していますよ」


 教会内部を一通り巡りながら、レヴィは騎士業務の説明を受ける。とはいえ、予想外の内容は含まれておらず、基本的には治安維持の範疇に含まれるものばかりだった。


「了解しました。……あの、魔物討伐とのことでしたが、そこまでこの村は魔物の被害が多いんですか?」

「多いですね。村人が襲われることはめったにないですけど、放牧している家畜に被害が出てるんですよ。以前から対策は進めていますが、どれもあまり効果はないようでして」


 放牧している家畜。村の直前で羊の群れに追いかけられたことを思い出す。まさかあれは羊ではなく、何か別の魔物だったりするのだろうか? さすがにそれは飛躍が過ぎると思いつつも、あの時の羊たちの様子が普通に見えなかったのも事実だった。


「わかりました。明日から取り掛かります」

「お願いしますよ。神託の鐘が壊れていなければ魔除けになったはずなんですがね。まあ、ないものはないんで諦めるしかないですね」

「や、やっぱり鐘は壊れていてんですか。そんなことありえるんですね……」

「普通はあり得ないですけどね。教会の鐘は一般的なものとは違って、神託と連動して動くように奇跡がかけられているんですよ。それが動かくなるということは……まあ、誰かの行いが悪いせいかな?」


 冗談なのか判断がつかない表情でラシュカは語ったが、正直あまり笑えない状況であることは確かなようだった。教会内部は古いなりに手入れはされている様子が見て取れたが、いずれ大規模な修繕が必要な状態であることは間違いなさそうだ。


「ねえ、ちょっと聞いていい?」


 教会内部を一周して礼拝堂に戻ってきたとき、少年が思い切った様子で声を上げた。


「どうした? 何か気になることでもあったのか?」


 レヴィが振り返ると、少年はぐるりと礼拝堂を見渡す。そして、何も見つけられなかったのか、困惑したように首をかしげる。


「おれ、よくわかんないんだけど、神託って何なの? 神様のお告げ的なやつがどっかに降ってくるの?」

「なるほど、きみは神託に触れる機会がまったくなかったんですね。確かにそれなら意味がよくわからないでしょう」


 長椅子の間を進み、ラシュカは祭壇の前でこちらを振り返った。ステンドグラスから降り注ぐ光が、無数の輝きとなって祭壇に降り注いでいる。神秘的、そういってしまうにはあまりにも静謐な空気の中で、神官は祭壇の上から何かを取り上げた。


「神託とは、この世の理をおつくりになった【聖晶神】が、われわれ人間を導くために下される言葉のことです。その言葉は、どんなものであれ確実に成就される。俗っぽいい方ですが、ある種の予言、とも言い換えられるかもしれませんね」

「予言……ってことは、ラシュカがお告げを受けてみんなに伝えるの」

「ちょっと違います。神託は基本的に教会から選出された『神託者』が授かり、人々に伝える。のですが、別に私の頭に言葉が浮かんでくるわけじゃないんですよ。――これを見てください」


 少し面白そうに笑って、ラシュカは祭壇の上から取り上げたものを少年に向かって広げた。それは分厚い一冊の本で、開かれたページには見事な筆致で『争いの矛を収め、若木を見守れ』とか書き記されていた。


「これ、今日の神託ですよね」

「その通りですよ、レヴィくん。神託というのは、教会に神が記す言葉のことなんです。大体は祭壇に何か置いておけばそこへ書かれることが多いんですけど、たまに壁や天井に描かれていたという事例もあるみたいですね」


 神託自体がある種の奇跡である以上、予想外なことも起こりうるのだろう。だとしたら、この教会の鐘が鳴らないことにも意味があるように思える。あくまでも、ラシュカの怠慢がないと仮定した上でだが。


 そんなことをレヴィが考えていると、ラシュカは軽く唇の端を上げて見せた。なんだろう。やはり読まれている気がする。


「神託が書き記されると、それを知らせるために教会の鐘が鳴ります。そうすることで、皆は神託が下ったことを知るわけです。まあ、ここの教会の鐘は壊れてるんですけど」

「ふぅん。じゃあ、ラシュカは神託を知らせる係なんだ」

「それもありますけど、神託者――神託を扱う神官のことですが――の主な仕事は神託の解釈です。神託の内容を読み取って、実際の出来事と照らし合わせ答えを示す。それが私本来のお仕事なんですよ。鐘が鳴らないので、お知らせまでしないといけないのが面倒なんですけど」


 ここだけを切り取れば、ラシュカは親切な神官に見える。だが、レヴィはとっくの昔に気づいていた。この神官は絶対に、親切心だけでここまでの説明はしないということに。


「ラシュカさん。そろそろ企んでいることを白状してはいかがですか」

「企む? はて、急に何言ってるんですか? 言いがかりはやめてくださいよ」

「とぼけないでください。そこまで言うってことは、俺たちに鐘の修理でもさせるつもりでしょう?」


 ラシュカは本を広げた状態のまま、ぽかんとした顔をした。まったく想定していなかった表情に、レヴィは顔を引きつらせる。これはおそらく、余計なことを言った。確実に余計なことだった!


「ああ……なるほど。その手があったか……!」

「墓穴だった!」

「なにやってんの? いい大人なのにちょっとバカっぽいよ」


 冷静な突っ込みに反論の余地はなかった。あまりの愚かしさにレヴィは頭を抱える。こんなよくわからないやり取りをするためにここへきたわけじゃないが、結果的にこうなっている時点で馬鹿馬鹿しすぎる。


「まあまあ、いいじゃないですか。賑やかなのはいいことです」

「そういう問題ですか……?」


 ラシュカの言葉を素直に受け取れなくなっているレヴィだった。じとっとした目を祭壇のラシュカに向ける。相変わらず神官は本を広げたままで、そこには変わらず神託が書き記されている。


 ……書き記されている、はずだった。レヴィは何度か瞬きした後、目をこすった。先ほどまで見えていた神託の文言の上に、何かが浮かび上がっている。何か、ではない。明らかにそれは文字だった。


「ラシュカさん」

「どうしました? おばけでも見たような青い顔をして」

「神託が、記されてます」


 レヴィの指摘に、神託者でもあるラシュカはすぐに反応した。本のページを自分の方に向けると、軽く眉を寄せる。


「これは……」


 険しい表情にレヴィが声をかけようとしたその時だった。教会の扉を激しくたたく音が聞こえたかと思うと、青ざめた顔の若者が一人、礼拝堂に飛び込んでくる。尋常ではない様子に何事かと問いかけようとしたレヴィの前で、若者は恐怖の入り混じった声を上げた。


「大変です、ラシュカ様! 防壁を越えて、魔物の群れが村に……!」

「なんだって……⁉」


 レヴィは目を見開き、背後のラシュカを振り返った。しかしそれより早く、当のラシュカが脇をすり抜け扉へと向かう。


「知らせてくださり感謝しますよ。小さなきみはそこの彼とここで待機していてください。……行きますよ、レヴィくん。遅れないでくださいね」


 一度だけ振り返たラシュカの表情は決然としていた。レヴィは無言でうなずき、ラシュカを追って駆け出す。


 開かれた扉から冷たい風が吹き抜け、周囲を照らしていたろうそくの火をかき消す。まるで下された神託のような不穏さをまとって、黄昏が背後から迫ってきていた。


 

 ――『弱き者の行く手に明かりを灯せ。奪われる刻に終焉をもたらすのだ』――。

 

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神様は神託の鐘を鳴らさない ~答えを言わない食えない神官の騎士になりました~ 雨色銀水 @gin-Syu

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