第二話「神託の神官は答えを言わない」

 パン一個が1ルビーで買えるとしたら、このリンゴの価値はその十倍ということになる。


 ……本当にそこまでの価値が? 首をかしげながらも流されるままに結局三個も買わされてしまった。


 

「親切な方があなた方の境遇に同情して、お金を出してくださいました。店主、これで損失を補填してくださいね」

「ラシュカ様……お気遣い感謝いたします。これだけあれば損失も補えます!」


 目の前で繰り広げられる心温まるやり取りに、レヴィはさらに首を傾げた。そのお金を出したのは、自分ではなかっただろうか? 別に感謝されたいわけではないが、少し納得がいかない。自然と目をすがめてしまうと、振り返ったラシュカと目が合った。


「いやあ、きみのような人がいてくれて助かりました。さすが教会騎士は徳が違いますね?」

「今の状況と徳の関係性がよくわからないんですけど……あれ。もしかして最初から俺が教会騎士だって気づいた上での行動だったんですか」

「当然ですよ。というか、何のかかわりもない旅人に一個10ルビーでリンゴを売りつけたら詐欺じゃないですか」


 詐欺。ラシュカの言葉にレヴィはあごを落とした。いや、そもそも騎士なら許されるという認識は常識的に正しいのだろうか? いろんな意味で理解が及ばない思考回路に愕然としていると、ラシュカは食えない笑みを顔に貼り付けたまま、くるりと背後を振り返った。


「さて。こちらはこちらで何とか落としどころを見つけなければね」


 神官が振り返った先にいたのは果たして、盗みを働いたと告発されていた少年だった。彼は先ほどまでとは違う、暗いものを秘めた目でこちらをにらんでいる。その悪意に満ちた顔を見た瞬間、レヴィはこの子供が盗みを働いたのは事実だと気づいてしまった。


「さっさと牢屋にでもなんでも入れろよ。どうせ見逃してなんかくれないんだろ」


 幼気だった言葉遣いは、完全にすれたものへと変わっていた。どうやらあの怯えた様子もすべて演技だったらしい。そう考えると、彼を断罪せずに見逃すのはひどい害悪のように思えた。


「ふむ? きみは牢屋に入りたくて盗みを働いたの? 随分と物好きですね?」

「ちが……! 何馬鹿なこと言ってんだよ、変な神官だな……! おれみたいな親なし子が生きてくには、盗むしかないんだよ! 誰も助けてくれない、誰もめぐんでなんかくれない! いいよな神官は。祈ってるだけで食い物にありつけるんだからな……!」

「まあ、それが仕事ですからね。別に遊んで対価を得てるわけじゃないんで」


 無味乾燥に言い切って、ラシュカは軽く肩をすくめた。神官も確かに職業であることは間違いないが、仕事と言い切ってしまうあたり、このラシュカはかなりの変わり者らしい。


「きみ、自分で対価を得る努力はしました? 盗む前にちょっとでもほかの方法を考えましたか?」

「したよ! だけど、俺みたいな汚いガキを雇ってくれるところなんてない……! あってもどうせ使い捨ての道具にしかされないんだよ!」

「へえ、きみが前にいたところはそんな風なんですね。だからここに来たの? 田舎の村なら騙しやすいと思ったのかな」


 あからさまな言い方に、レヴィは顔をひきつらせた。この神官、やはり何か変だ。変というか、いわゆる普通の神官とは明らかに違う。年齢はレヴィとそう変わらなさそうなのに、どうしてこうも鋭い言葉を放つのか。


「ちょっと神官様……! 子供に対しての言い方じゃないですよ……!」

「神官様って私ですか? 一応、ラシュカという名前があるんですがね。そういえばきみ、名前はなんていうの」

「お、俺はレヴィです……。って、そうじゃなくて!」

「はいはい、レヴィくん。わかってますからちょっとお座りしててくださいね」


 俺は犬か!? 身振りでもお座りを言い渡されて、騎士であるレヴィは完全に戦意を喪失した。だめだ、この神官にはまともな言葉は通用しない……!


「で、こっちのきみはどうするの。働くところがないって言いましたけど、ここでもその努力はしたんですか?」

「それは……」

「してないですよね。何かしら行動を起こしていたなら、私が知らないはずはありませんから。努力を放棄した挙句に盗みを働いて、他人に迷惑をかけたんですよ? それについて思うところはないんですか?」


 容赦なく追い詰めていく神官に、レヴィは少年に対して憐れみを感じ始めた。いくら理由があっても、こんな風に追い詰めるのは何か違うだろう。実際、少年の顔からはふてぶてしさが消え、血の気が引いて青ざめてすらいた。


「謝っても」

「うん?」

「謝っても、許してくれないんだろ。間違ったことをしたのはわかってるよ。だけど、間違ったらもう、誰も許してくれないんだろ。一生、間違いは間違いのまま、神様だっておれを許さない」


 今度こそはっきりと、レヴィは少年に同情した。この子供は、自分のしたことが罪だと知った上で、許されないことをしたという自覚も持っている。だからこそ、この村に流れてきても以前の環境と同じように人を信じられず、結果、盗みに走ったのだろう。


「神官様、もういいじゃないですか」


 思わず、そう口にしていた。ラシュカは感情の読めない瞳をこちらに向けてくる。すべてを見透かすような瞳に、言葉が詰まる。だが、ここで言わなくてどうするというのだろう。


「この子は自分の間違いを認めているんですよ。これ以上責め立てたって、何の意味もないし誰の役にも立たないでしょう。今考えるべきことは過去の罪ではなく、未来にどう償うかじゃないんですか?」

「きみ、意外と言いますねぇ。まあ、言わんとすることはわかる。だけどね、人生にはけじめが必要なんですよ」


 ラシュカは腰を落とすと、少年と視線を合わせた。初めて真正面から向き合おうとするような佇まいに、レヴィは続けようとした言葉を飲み込む。


「きみ、謝っても許してくれないって言いましたよね」

「……だって、そうだろ」

「そうかもしれませんねぇ。だけど、物事を前に進めるためには順序ってものがあるんですよ。謝って許してもらえないかどうかは、実際に謝ってからでないとわからない」


 少年の瞳が震える。不安と怯えの混じった目の色を前にしても、ラシュカが言葉をためらうことはなかった。


「自分の果たすべきことを果たしなさい。それが出来たなら、今度は私が導いて差し上げますよ」


 少年は顔を伏せ、ぐっと短いうめきを上げた。何かをこらえるような、強い感情を抑えるような声だった。だけどそれも一瞬。顔を上げた少年は、決然とした表情で露店の店主の方へと歩いて行った。


「おじさん……」


 店主は何も言わずに少年を見た。すでに怒りはなかったが、好意的な感情が浮かんでいるとは言い難い。それでも少年は逃げ出さなかった。まっすぐ前を見て、告げるべき言葉を告げる。


「ごめんなさい」


 たった一言、それを告げるだけで何かが変わる。そんな甘い期待はできなかっただろう。それでも少年は確かに言葉を口にした。ごめんなさい。迷惑をかけてごめんなさい。嘘をついてごめんなさい――。


「盗った分の代金は、なんとかして返すから。だから……ごめんなさい」


 許してとは言わなかった。ただ、少年は頭を下げて、意思を伝えただけだ。許すか許さないかは店主が決めることで、これにはレヴィも口をはさむことが出来なかった。


「……『争いの矛を収め、若木を見守れ』だっけか」

「え……?」

「神様の神託だよ。今日って日にこの神託が下りたのは、神様がお前を許してやれって言ってるのかもしれんな。まあ、金はラシュカ様が立て替えてくれたし、神様もそう願ってんだ。こっちから言うことはもうねぇよ。頭を上げな坊主」


 店主はかすかに笑みを浮かべて少年を見下ろした。顔を上げた少年は、確かにその笑みを見たはずだった。けれど何も言葉はなく、うなずいてもう一度深く頭を下げた。


「ま、金が出来たらなんか買いに来てくれや。そんときはちょっとくらいサービスしてやるよ」


 店主の言葉に見送られ、少年はこちらに戻ってくる。レヴィはねぎらいを込めて少年の肩をたたいた。しかし、ラシュカだけは相変わらず読み切れない表情を少年に向けていた。


「けじめはつけたようですね。では二人とも、早速行きましょうか」

「ちょっと待ってください神官様! 行くってどこに行くつもりですか?」

「何をそんなに慌てているんです、レヴィくん。行くというか帰るんですよ。……教会に」


 教会。当然ながらそこは神託が下される神の家である。そこに向かうということは……どういうことだ?


 疑問符付きでラシュカを見返すと、あきれたような視線とともに面倒そうなため息が落ちてきた。


「ねえ、きみ。君は本日付でこの村……リュングアンバーに着任した教会騎士なのでしょう? だったら諸々の業務説明や住む場所の手配は必要でしょ? あ、それとも、山で羊さんたちと一緒に暮らすのがお好みかな?」

「そ、それはちょっと……」

「でしたら行きますよ。そっちの小さいきみとも今後のことを話し合わないとね」


 一方的に言い置いて、リンゴのかご片手にラシュカは颯爽と去っていく。ついてくることを疑ないその背中に、レヴィと少年はどちらともなく顔を見合わせた。


「神官様、ちょっと待ってください!」


 ふと、重要なあることを思い出して、レヴィは去っていく背中に声をかける。しかし、相手は全く意に介した様子もなくどんどん進んでいってしまう。なぜに無視するのか。頭を抱えたレヴィは半ばやけくそ気味に叫んだ。


「――ラシュカさん!」

「なんですか? さっきから」


 あっさりラシュカは振り返る。単に呼び方が気に入らなかっただけなのか……⁉ あまりの理不尽さに頭痛がしてきたが、そんなことを言い合っていてもらちが明かない。


 レヴィは居住まいを正すと、胸に手を当て騎士の礼を取った。ラシュカは特に何も言わず、レヴィの姿を見返すだけだった。


「先日聖都にて教会騎士を拝命しましたレヴィ・オーリヴァルです。本日付でリュングアンバーに着任いたします。どうぞこれからよろしくお願いいたします!」

「着任の件、確かに承りました。私はリュングアンバー教会を管理している神官、ラシュカ・ステラりゲルです。こちらこそよろしくお願いしますね、レヴィくん」

「……はい!」


 レヴィが近づいて手を差し出しと、ラシュカは一瞬だけ困ったような表情を浮かべる。だが、それについて何か言うより先に軽い握手を返される。


「小さい村ですがいろいろやることはあるんで、覚悟してくださいね」

「ぜ、善処します」

「期待していますよ。で、話は変わりますが」


 なぜか、目の前には再びリンゴのかご。レヴィが目を点にしていると、ラシュカはかごからリンゴを一個取り上げ、無造作にひとかじりした。


「リンゴ食べます? 美味しいですよ」

「……えーっと。今は遠慮ときします」

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